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連載企画

小山センセイの縄文徒然草 小山修三

第69回 縄文里山ガイド 2017年7月7日

ひさしぶりに青森に行った。今回は三内丸山遺跡で自然を観察しながらゆっくり時間を過ごすことにした。 (さらに…)

第68回 イノシシの語ること 2017年6月12日

この間テレビで見たこと。福島原発の避難指示が解除になったので帰ってみるとイノシシが子供を連れて悠々と歩いている。あまりにでかいので危なくて近よれない。 (さらに…)

第67回 ビーズ展-つなぐ 2017年4月21日

国立民族学博物館 開館40周年記念特別展「ビーズ-つなぐ・かざる・みせる」 (さらに…)

第66回 倭食と和食 日本食文化の2つの層 2017年3月14日

青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡は鳥取市にある弥生時代の大集落である。 (さらに…)

第65回 文化の伝播について 2017年2月20日

私は考古学を文化人類学の一分野である物質文化研究だと考えている。ふつう、文化と言えば、道具、言葉、神話、儀礼などが広く含まれるのだが、なにしろ扱うものが土器、石器、食料などのモノが中心であり、それも実体のごく一部でしかないのだから。 (さらに…)

第64回 ジャガイモかクワイか 2017年1月12日

「3800年前のジャガイモ発見、カナダの先住民が栽培か」という記事がYahoo!ニュース(AFP=時事)でネットに入ってきた。 (さらに…)

第63回 地方文化を育て発信する遺跡ミュージアム 2016年12月7日

日本人ほど歴史が好きな国民は世界的にみて珍しい。異民族の侵入や移住が少なかったので時間的変容がたどりやすいからだろうか。 (さらに…)

第62回 カボチャ(初期縄文の栽培植物について) 2016年11月9日

5600年前(C14年代測定による)のカボチャの種が山形県遊佐町の小山崎遺跡から出たというニュースをみた。 (さらに…)

第61回 風土病(地方病) 2016年10月5日

高校の同窓会誌を送ってきたのでパラパラ見ていたら、神原廣二さん*の自伝的なエッセイが目にとまった。 (さらに…)

第60回 カミのすがた 2016年9月7日

縄文人はカミをどう考え、イメージしていたかを考えてみたい。 (さらに…)

第59回 縄文の祭り(2)-ねぶたを手がかりに 2016年8月2日

夏は祭りの季節。最近、感じることはどの地域でも祭りの装置が年々大きくなり、衣装も華やかになっていることだ。 (さらに…)

第58回 縄文の祭り―御柱祭りを手がかりに 2016年7月11日

岡本太郎は御柱祭を縄文の祭りだと喝破した。木落しの難所で乗ると言って聞かないので、みんなで引きずりおろしたというエピソードがあるそうだ。 (さらに…)

第57回 野菜ぎらい 2016年6月10日

「野菜を食べましょう、健康のために」という言葉が風潮となって、最近は食卓に野菜(葉菜)が出るようになり、洋風レストランなどではふつうに野菜サラダがついてくるようになった。 (さらに…)

第56回 縄文時代の災害 2016年5月10日

熊本地震は4月14日、震度7の激烈なものからはじまり、その後中央構造線に沿うように大分県にまで広がって、人命はもちろん多くの家屋が倒壊しました。 (さらに…)

第55回 鳥と縄文人 2016年3月31日
カササギガン猟 1982年 アーネムランドにて(小山修三撮影)

カササギガン猟 1982年 アーネムランドにて
(小山修三撮影)

カササギガン猟 1982年 アーネムランドにて(小山修三撮影)

カササギガン猟 1982年 アーネムランドにて
(小山修三撮影)

縄文人にとってトリは重要な食料だったはずだ。なかでも重要なのは渡り鳥で、三内丸山遺跡ではカモ・ガン類が80%をこえているとある。しかし、縄文時代のトリに関するこれまでの研究はやや手薄だったような気がする。 (さらに…)

第54回 縄文人はネコジタだった? 2016年3月2日

縄文人がどのようにして食事を摂っていたのか、とくに具体的な食卓の光景がどうしてもイメージできないで困っている。 (さらに…)

第53回 縄文ロマン – 土偶だいすき女子との対話 2016年1月20日

土偶に熱中するのは女の子が多いように思う。 (さらに…)

第52回 縄文人はチーズを食べたか? 2015年12月16日

岡山県で牧場を経営している吉田全作さんとこんな話をした。 (さらに…)

第51回 異常気象と水 2015年11月13日

集中豪雨、最高温度、竜巻、旱魃、洪水など最近の気象の荒々しさは不気味でさえある。それは日本だけでなく、世界各地でおこっていることだ。 (さらに…)

第50回 縄文人の食事:ルーツはおでん?芋煮? 2015年10月19日

発掘技術の飛躍的進歩によって縄文人の食に関する情報がずいぶん充実してきた。しかし、彼らが何をどう料理し、どう食べていたかの具体的なイメージがはっきり浮かんでこない。 (さらに…)

第49回 見えない遺物を探す:くすり 2015年9月12日

【アボリジニのムラで】
はじめてオーストラリア中央砂漠に資料収集に行ったときのこと。 (さらに…)

第48回 縄文人は海藻をたべたか? 2015年8月19日

「考古学者は見つかってないもの=0とするんやな」、「それが大前提ですからね」、「幾何で補助線というのを習ったやろ、仮定の線を一本引けば答えがでる。もっと工夫がいるのやないか」。 (さらに…)

第47回 オオカミと縄文時代 2015年7月21日

オオカミはオーストラリア大陸などを除けば世界各地にいた。 (さらに…)

第46回 オオカミと山火事 ―イエローストーン国立公園で考えたこと 2015年6月10日

5月に世界遺産であるイエローストーン国立公園を訪れた。 (さらに…)

第45回 縄文少年のころ 2015年5月1日

私のふるさと香川県観音寺市は、瀬戸内海の沿岸にあるちいさな町だ。 (さらに…)

第44回 和食の民族学(その3) 幕末・明治の官製海外ツアー 2015年3月12日

私たちは母乳から始まって、以来日々なにかを食べている。 (さらに…)

第43回 和食の民族学(その2) 平安時代の留学生の食@中国(円仁の日記から) 2015年2月17日

私たちの和食に対するこだわりは外国に行ったとき端的にあらわれる。そんなこだわりは歴史的にみると、いつ頃から生まれたのだろうか。 (さらに…)

第42回 和食の民族学 2015年1月17日

和食が世界遺産になったことは意外であった。それほどの普遍性を持つとは思わなかったからである。 (さらに…)

第41回 地方消滅と地方創生-縄文から見れば(2) 2014年12月12日

地下に埋もれてしまったマチの廃墟を発掘し、それを調査・復元するのが考古学の主たる仕事の一つでもある。

(さらに…)

第40回 地方消滅と地方創生-縄文から見れば(1) 2014年11月13日

2040年までに876の市町村が消えるというショッキングな結果がでた(増田寛也『地方消滅』中公新書2014)。 (さらに…)

第39回 月見の宴 2014年10月10日

三内丸山遺跡で行われた9月の縄文大祭典に参加した。 (さらに…)

第38回 総天然色テクニカラー 2014年9月10日

縄文人の姿をカラーで描いてみようと思ったのは1980年代の初めだった。 (さらに…)

第37回 マクワウリ 2014年8月8日

「マッカを食べなさい」、疲れがこうじると膝に水がたまるという友人が漢方医者にそう言われたそうだ。 (さらに…)

第36回 くじら 2014年7月9日

南極での調査捕鯨が禁止となって捕鯨環境はますます厳しくなった。 (さらに…)

第35回 介護社会のあり方(2)-死とむきあう 2014年6月11日

ブルンは狩りの名人、若きリーダーとして村を支えていた。 (さらに…)

第34回 介護社会のあり方―縄文時代は? 2014年5月9日

わたしたちは老後をどう過ごせばいいのか、それが現代日本の大きな問題となっている。 (さらに…)

第33回 雪と縄文人 2014年3月21日

先日の大雪のとき、私の住んでいる奈良は10cmそこそこの積雪で混乱をきたした。 (さらに…)

第32回 女性と服装 2014年2月21日

ベトナムの山岳地帯のムラでは少数民族が多く、民族衣装を着た女性が目についた。 (さらに…)

第31回 ベトナムの焼畑村(2)食の豊かな村 2014年1月23日

縄文時代のムラはベトナムの焼畑村によく似ている。 (さらに…)

第30回 ベトナムの焼畑村(1) 2013年12月27日

11月に、「国立民族学博物館友の会~民族学研修の旅~ベトナム西北部少数民族の世界へ」の旅に参加した。 (さらに…)

第29回 縄文時代の農耕(その2)-佐々木高明先生追悼シンポジウムから- 2013年11月27日

佐々木高明さん(元国立民族学博物館館長)が縄文農耕焼畑論を提唱したのは『稲作以前』(1971)だった。 (さらに…)

第28回 女王ヒミコのくすり 2013年11月7日

イヌやネコが体の具合が悪い時に特定の植物を食べることはよく知られている。 (さらに…)

第27回 ミズキの謎 2013年9月27日

ふしぎなことに縄文時代の薬に関する論考はほとんどない。 (さらに…)

第26回 縄文時代の農耕:佐々木高明著『稲作以前』について 2013年8月21日

縄文時代に農耕があったのではないかという意見は古くからあった。 (さらに…)

第25回 ネアンデルタール人:花の埋葬 2013年7月12日

1960年代のはじめ、アメリカの考古学者R.ソレッキ博士がイランのシャニダール洞窟発掘の報告の中で、ネアンデルタール人が花をそえて幼児を埋葬していたと発表して大きな反響をよんだ。 (さらに…)

第24回 薬草について 2013年6月10日

縄文人が「お茶」してたのではないか、ということから、彼らが何らかの医学的知識や技術をもっていたのではないかというところまで話がとんだ。 (さらに…)

第23回 縄文医療と民間薬 2013年5月2日

前回、縄文人のティータイムと題して、彼らが仕事のブレーク時に温かい飲物をとっていたのではないかと考えてみた。 (さらに…)

第22回 縄文人のティー・タイム 2013年3月19日

「土器を発明した人はお茶を飲みたかったのかもしれないね」と土器の起源を調べているP.ジョーダン氏が笑いながら言った。もちろん、そのころコーヒーやお茶があったはずはないのだから。 (さらに…)

第21回 冬季オリンピックと三内丸山遺跡 2013年2月28日

冬季オリンピックが開かれるまであと一年をきった。先日は女子アイスホッケーが第一号の出場権を得たと報じられたし、ジャンプの高梨さん、フィギュア・スケートの浅田さんなどが着々と出場権を得るための実績を積み重ねている。 (さらに…)

第20回 やっかいな石器と縄文料理 2013年1月28日

考古学の本や報告書には「石器」として、ヤリやヤジリ、オノなどの写真や実測図が掲載されている。 (さらに…)

プロフィール

小山センセイの縄文徒然草

執筆者一覧

1939年香川県生まれ。元吹田市立博物館館長、国立民族学博物館名誉教授。
Ph.D(カリフォルニア大学)。専攻は、考古学、文化人類学。

狩猟採集社会における人口動態と自然環境への適応のかたちに興味を持ち、これまでに縄文時代の人口シミュレーションやオーストラリア・アボリジニ社会の研
究に従事。この民族学研究の成果をつかい、縄文時代の社会を構築する試みをおこなっている。

主な著書に、『狩人の大地-オーストラリア・アボリジニの世界-』(雄山閣出版)、『縄文学への道』(NHKブックス)、『縄文探検』(中公 文庫)、『森と生きる-対立と共存のかたち』(山川出版社)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(編著・農文協)などがある。

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