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あそこのおかあさん縄文人だから -山田スイッチ-

第33回 こころとからだと 2011年2月23日

「やっぱり心が自分のからだを作っているのだと思うの。

歩きたいのに歩かないでいるのなら、歩いた方が

心に沿った身体になると思うの」

ということを夫に言ったら、

「何故心と身体をあたかも別物のように扱う?

心っきゃ、身体の一部だいな!」

と言われました。

あ、それもなんだか納得のいく。

そういや、そうかも。

なので、身体と心が一緒の場所にいるというのは

普通のことなんですよね。

身体と心がバラバラになっている状況が、

特殊というか少し、ヤバイ状況なんでしょうね。

ヘタすると最近では身体と心と脳もバラバラという

考えになるけど、心も脳も身体の一部だと、考え直せば

一番重要なのは身体ということになってくるのではないでしょうか?

心の悩みは、大概が身体とバラバラになってはぐれてしまっている

状態から生まれるのだと思う。

身体は一番に訴えてくる。自分の身体を守りたいから。

それなのに心はよく、身体を無視して心のままに身体を動かそうとする。

身体のいるべき場所を探さずに心のコントロールの元に置こうとする。

しかし、心が身体の一部なのだという事実を認めたら、

どうなるだろう?

身体を無視して心のままに動かせるだろうか?

ようは、身体第一主義というものを

今、考えているのです。

縄文時代には、自分の心と身体がバラバラという

状態は、起こりえなかったと思うのです。

からだ即、こころであって、こころ即、からだであったと思うのです。

今、私の足はまるで付属品のようになっていて、

1日に50メートルも歩かずにパソコンの前で過ごすことが多くなって、

足は何のためにある足なのかという、ものすごく当たり前のことが

わからなくなってきているのです。

ただ頭のために毎日椅子に座らされていたり、

頭のために使われている身体を。

身体本来のやりたかったことを、取り戻そうということを昨年の夏頃から、

身体の専門家である舞踏家の、雪雄子さんと一緒に始めました。

昨年9月に三内丸山遺跡で行った

「身体に還る日」と銘打ったワークショップでは、

大型竪穴住居の中で、まるで母胎に回帰するような雪さんのことばを受けて、

身体を丸くしていったり。

ものすごく長い時間をかけて、柱まで歩いていったり。

普段では決してしないこと。

ゆっくりと時間をかけて自分の身体と向き合うことを

このワークショップで行い、

自分の身体が、たしかにここにあって、それはお母さんから生まれて

ここにあって、母親の胎内の中で、

太古から続く生物の進化の歴史をたどってようやく

自分の身体になって、大きな喜びをもって生まれてきたんだということを

舞踏家の彼女のことばに導かれながら、

ワークショップは進みました。

こころは、身体のいうことを聞いて

なぜか、

泣いていたのでした。

「すっかり忘れていたんだよ。ごめんね、今までずっと

知らないふりをしていて、ごめんね」と。

ぽろりぽろりと泣いていたのでした。

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プロフィール

山田スイッチ

1976年7月31日生まれ。

しし座のB型。青森県在住コラムニスト。 さまざまな職を経て、コラムニストに。 著書に「しあわせスイッチ」「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版刊)、「しあわせ道場」(光文社刊)がある。

趣味は「床を雑巾で拭いて汚れを人に見せて、誉めてもらうこと」。

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