ホーム > 連載企画 > 第3回「田小屋野貝塚で採集された大型石器」

このページの本文

連載企画

FAN FUN! JOMON FAN!!

第3回「田小屋野貝塚で採集された大型石器」 2018年10月12日

田小屋野貝塚と聞いて、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか? 貝輪(ベンケイガイのブレスレット)や埋葬された人骨といったお声が出ると嬉しいのですが、何のイメージもわかない・・・と答えに窮する方もいらっしゃることでしょう。遺跡の所在するつがる市でも、亀ヶ岡遺跡の知名度に比べれば、まだまだ「知る人ぞ知る」遺跡といえます。そのため、つがる市では田小屋野貝塚の重要性を明らかにし、その成果を伝える取り組みが行われてきました。過去10年間を振り返っても、史跡内外の発掘調査、NPO法人つがる縄文の会が主催する田小屋野貝塚ウォーク、カルコで開催した企画展「田小屋貝塚人骨展」、史跡範囲の追加指定などなど。

こうした取り組みの最中、遺跡の近くにお住まいであった方の遺品を昨年度教育委員会が譲り受けました。内容は石鏃(矢じり)11点と大型の石器1点で、いずれも田小屋野貝塚から出土したものというご遺族からのお話。大型の石器は一目見てその大きさに驚いたことを記憶しています。
この石器は、長さ47.8㎝、幅4.4㎝、厚さ2.5㎝、重量は834gです。上端部がやや欠けていますので、本来はもっと長かったようです。全面が丁寧に磨かれ、下端部にはわずかに平らな面が研ぎ出されています。材料となった石は、専門家の鑑定を受けていないため正確には分かりませんが、緑色の片岩質です。少なくとも地元で採れる石ではなさそうです。
そして、大きさとともに注目したいのが、下端部付近の表面状態です。他の部分より荒い溝状の傷が並び、より風化が進んでいます。それとともにやや茶色く変色し、所により黒い付着物が観察されます。なぜ先端部にだけこのような変化が生じたのか大変興味深いところです。そして、このような大型の石器が縄文時代にどのような使われ方をしていたのか大変気になります。

この石器を考える際、類例として参考になるのが大型の磨製石斧(ませいせきふ)です。北海道南部から東北地方北部のいくつかの遺跡でその出土が報告されています。4本の大型磨製石斧がまとまって出土した秋田県上掵(うわはば)遺跡は、田小屋野貝塚に集落が営まれた時期と同じ縄文時代前期の事例です。こうした大型石斧は実用から離れ、お祭りの道具や威信材として使われたと考えられています。
話は飛びますが、佐原眞氏(考古学者)の『斧の文化史』によれば、20世紀前半のパプア=ニューギニアでは依然として石の道具が用いられ、中には一人で持ち上げられないほどの大きさの石斧も作られたそうです。そして、石斧は実用品であるとともに、花嫁代償、儀式での交換品、呪術師への捧げものなど多くの役割を果たす「富の源泉」であったことが紹介されています。

田小屋野貝塚で採集された大型石器から話が大きく飛躍してしまいましたが、いろんな想像をかきたてる逸品です。この石器は、つがる市縄文住居展示資料館カルコ新しいウィンドウが開きますに展示しています。ぜひご覧ください。

(羽石智治:つがる市教育委員会社会教育文化課)

田小屋野貝塚から出土した大型石器

 

石器下端部の平坦面と風化・変色

プロフィール

FAN FUN! JOMON FAN!!

祝! 世界遺産推薦候補選定!!

世界文化遺産登録をめざす「北海道・北東北の縄文遺跡群」について、各遺跡の担当者が青森県内の構成資産を紹介します。
自慢の逸品の解説や発掘調査のエピソードなど、現場が伝えたい縄文の魅力や遺跡ならではの楽しみ方をたっぷりご紹介! 遺跡に行きたくなること間違いなし!!
どうぞお楽しみに!!

本文ここまで