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連載企画

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第4回 二ツ森貝塚の歩き方 2018年11月8日

史跡二ツ森貝塚は、大規模な貝塚をもつ縄文時代前期から中期にかけての集落跡です。県重宝に指定されている「鹿角製櫛」を代表とする骨角器や、「榎林式」と呼ばれる、今から4000年前頃の北東北を代表する土器の標識遺跡として知られています。そうした貴重な遺物が見つかった二ツ森貝塚の一部は、史跡公園として整備されています。公園には復元竪穴建物が2棟建っていますが、それ以外にも史跡公園を歩いた際にチェックしていただきたい場所をご紹介します。

史跡公園には、見晴らし台があります。ここから史跡公園全体を見渡してみましょう。何もない原っぱに見えますが、案外起伏のある台地の上であることがわかります。

 

史跡公園の風景
(見晴らし台のある位置から公園中央部を見渡す)

 

見晴らし台を降りて公園の遊歩道を歩いて進むと、平らな場所だと思っていた復元竪穴建物があるあたりは周りより少し低くなっています。これは、この場所で築かれた「ムラ」の構造に秘密があります。公園の中央部には竪穴建物や貯蔵穴といった、人々が生活していた場所が、その外側には積み重なった貝殻の層が帯状に広がる、貝塚が作られているためです。
復元竪穴建物から林側に向かって歩いていきましょう。足元に点々とした白いものが見えます。そこはまさしく貝塚の真上なのです。散らばっている貝を手にとってよく見ると、ヤマトシジミやハマグリなど、数種類の貝殻を見つけることができます。こうしたところを見ると、貝塚に来た実感がわきますね。
二ツ森貝塚のある「貝塚地区」の人たちの話では、公園はかつて、貝殻や土器がもっとたくさん落ちていた畑だったと言いますから、その当時の様子を見てみたいものですね。

貝塚から見つかった貝殻

 

この場所で、二ツ森貝塚の縄文人は今から約5500年前から4000年前の1500年間、大きな集落を作り、生活を営んでいました。また、当時は今よりも温暖な気候であったため、小川原湖は湾状に広がり、遺跡がある台地の周りも海に囲まれていたことがわかっています。貝や魚などの食料資源にとても恵まれた環境だったのです。
二ツ森貝塚にお越しの際には、今お話しした場所を歩いてみてください。最後は復元竪穴建物の前で記念撮影はいかがでしょうか。また、二ツ森貝塚ボランティアガイドの会の方による遺跡案内も行われているので、お越しの際には是非申し込みください。(お問い合わせ先:七戸町教育委員会世界遺産対策室 TEL 0176-58-5530)
史跡公園は12月から3月末まで冬季閉鎖期間ですので、お急ぎの方は11月中に、また来年という方は雪が解けたころにお越しください。お待ちしています。

(髙部由夏:七戸町教育委員会世界遺産対策室)

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