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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第22回 イギリスJOMON紀行(2)「ストーンヘンジを訪ねて-1-」 2010年1月18日

イギリスの代表的な世界遺産にストーンヘンジがあります。エジプトのピラミッドや中国の万里の長城と並んで世界的に最も良く知られた世界遺産と言ってもいいでしょう。映画ファンにすればロマン・ポランスキー監督で、ナスターシャ・キンスキー主演の「テス」のラストシーンの舞台となったことでも知られています。


南から見たストーンヘンジ

ストーンヘンジは、ロンドンから南西へ約210kmほど離れた田園地帯にあり、高速道路と国道を利用し3時間弱のドライブで着くことができます。その現地を訪ねることができましたので、その様子について紹介します。

ストーンヘンジが造られた年代は、放射性炭素の年代測定結果によると、紀元前3000年頃(約5,000年前)から同1600年頃までの約1,400年間をかけてのものとされています。大きく、初期の段階、木造の段階、石造の段階の三段階の発展が考えられており(石造の段階をさらに三段階に細分し、計六段階とする見方もあります。)、現在、私達が見ることができる巨石の構造物は最終段階に近いものと言えます。

 

あえて最終段階のものと言わなかったのは、過去において倒壊し、1900年代以降積み直しが行われ、さらに倒壊防止のため、根本がコンクリートで固められているからです。したがって、数千年をそのままの状態で経たものではありません。もちろん、このことはストーンヘンジの価値を否定するものではありませんが。


北から見たストーンヘンジ

紀元前3000年頃の初期の段階では、直径110mほどの円形に堀と土塁が築かれ、土塁の内側には木柱列が建てられていたようです。堀はあくまでも土塁を造るための土を採取するためのものと考えられています。紀元前2900年頃には、堀と土塁に囲まれた中に木柱が建てられました。ちょうど、現在、巨石が建っているあたりになります。発掘調査では多数の柱穴が確認されていますので、頻繁に立て替えられたことが考えられます。この段階では石は使われていません。紀元前2550年頃、木柱に代わり巨石が建てられるようになります。立石の上に横石が載った見事な石組みも見られ、内部にも塚が造られるようになります。そして、紀元前1600年頃にその使命を終えることになります。

 

1986年、世界遺産リストに登録され、年間85万人が訪れる観光地にもなったわけです。記録を調べて行くと、かつてストーンヘンジはオークションにかけられ、6,600ポンドで売却されたことがあったようです。幸い、地元出身者により購入され、その後国へ寄贈されたとのことです。

ストーンヘンジの最大の謎は、その造られた目的、用途にあります。墓地説、神殿説、天文台説、宗教施設説等々、いろいろありますが、現在のところこれはといった定説はないようです。しかし、最近の発掘ではその謎を解く重要な手掛かりが得られているようです。このことについては別の機会に紹介したいと思います。

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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