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連載企画

だびょん縄文

第9回 青森県立郷土館で遮光器土偶にタッチ 2019年3月11日

三内丸山遺跡もあたたかいお天気が続き、大分雪が減ってきた。2月上旬は雪と強風で地吹雪ツアーガイドだったがそれ以降はまとまった雪が降っていない。ポカポカ陽気に誘われて遺跡を散策すると本当に気持ち良い。栗や桜の枝を見ると蕾は堅くしっかりガードされ、まだ春じゃないよと言っているようだ。

小山先生のコラム「豪雪と円筒土器文化」を読んで、縄文時代に子ども達はどんな冬遊びをしていたのかと想像してみた。子どもの頃を思い出してみると、夏休みは冬ストーブ用の薪を割り、秋になり小屋へ薪を運ぶのも子どもが手伝うのは当たり前だった。冬になるとストーブの周りに家族8人全員集まって、勉強したり、本を読んだり、編物をしたりして過ごす。ストーブの上には春に収獲した蕨や蕗を塩だしするために大きな鍋がのっていたので部屋の中は独特のにおいが充満していた。ストーブの薪入れ役はなぜか父親だった。こんな風に書いてみると、さんまるミユージアム(三内丸山遺跡縄文時遊館)に展示されている竪穴住居の縄文家族にそっくりな気がする。朝、目が覚めると辺り一面雪景色、子どもにとっては最高の遊び場と化し、そり遊び、雪合戦、一番ワクワクした遊びは落とし穴掘りでターゲットは新聞配達員さん。玄関前の通路に穴を掘り、雪をかぶせておく。朝、落ちた形跡があると楽しくて楽しくて…。萱ぶき屋根の上から雪めがけてジャンプも冬ならではの遊びであった。縄文の子どもたちも6本柱の上から雪めがけてジャンプしていたかも。
豪雪になればなるほど、人々の協力なしでは生活できないと雪国に住む私たちは思うのだが、人々は何故、三内丸山を出ていってしまったのだろう。

午後四時半の三内丸山

 

シンガポールから来た家族
静かでとても美しい場所、飛騨高山のようだと話していた。

私は青森県立郷土館へも足繁く通っている。郷土館の旧館は昭和6年に建てられた第五十九銀行青森支店(昭和18年青森銀行本店)で国の登録有形文化財となっている。大ホールの天井のレリーフや階段にあしらわれた「59」のモチーフが美しく、見とれてしまう。

透かし彫りが美しい階段のレリーフ

 

2階の考古展示室の片隅に「体験!レプリカ(複製品)に触ってみよう!」と、日本で一番有名とも言われている遮光器土偶のレプリカが置いてある。本物より200g重い1640gで、案内板にはどうぞ触って、手に持ってじっくり観察してねと書かれている。さすが遮光器土偶のふるさと青森県だけあり、このコーナーはちょっとお得感あり。レプリカはたくさんの人が触れて模様が薄くなっているがそれでも存在感がある。レプリカだと思っても、持つのに緊張がはしる。持ち上げてみるとズシリと重い。お恥ずかしい話だが、表と裏の模様が違っていることも触って初めてわかった。亀ヶ岡式土器の手の込んだ模様がふんだんにこの土偶に展開されている。日本一豪華な服を着た土偶だ。面白いのはこれだけではない。遮光器土偶観察ノートなるものが置かれていて、触って、持って気づいたことをいろいろ書き、書いたシートを壁に貼り、それをコピーして本人にも渡すというサービスをしている。
貼っているシートを読むと、指3本しかないとか、足があったらどんな足だったろうとか、首の周りは赤子のようなので赤子をイメージした土偶ではないか、となかなか鋭い指摘をしている。私の観察ノートは「鼻が真ん中でない、そのせいか目が正面を見てなくて、ちょいと違う方向を見ているような不思議な感覚を覚えます。頭、首の周りも漆が残っていて全身真っ赤に塗られていた。火の中から出た神様か生まれた直後の赤ちゃんか、これを見た人はどんなに驚いたことか。作り手の満足そうな表情が思い浮かびます」。
青森県立郷土館でしか体験できない遮光器土偶に触れて、あなただけの気づきを探してみませんか。

手に取ってじっくり観察できる (遮光器土偶(つがる市・亀ヶ岡石器時代遺跡(レプリカ))/青森県立郷土館蔵)

 

動物たちが勢ぞろい
(左手前:クマ形土製品(弘前市・尾上山遺跡)/青森県立郷土館蔵 風韻堂コレクション)

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