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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第27回 地下に真実、地上にロマン 2010年3月15日

先日、三内丸山遺跡に復元されている大型掘立柱建物の太い柱が腐食しているとの報道がありました。この大型掘立柱建物は、三内丸山遺跡が全国的に注目されるきっかけとなったもので、発掘調査で直径約1mのクリの柱が見つかっています。木造で野外に建っていますので劣化は避けられませんが、まずは日常の観察をしっかり行う必要があると考えています。


骨組みだけの復原(大船遺跡)

さて、この大型掘立柱建物をはじめ三内丸山遺跡では多くの建物が復元されています。復元は、遺跡では一般的に用いられる手法で、最近では文化庁が巨額を投じ奈良市の平城宮跡に大極殿を建設しています。確かに、地下に埋まっている建物跡はほとんどが柱穴などの一部が残っているに過ぎません。それを見て当時の建物を想像するといってもよほど歴史や文化財に詳しい人や専門家でなければ困難でしょう。復元することによって当時の具体的なイメージが湧き、遺跡への理解が進むことにつながりますので、遺跡を表現するひとつの有効な方法であると思います。

しかし、この復元の作業は容易ではありません。まず、発掘調査の状況を徹底的に分析します。時には土木工学や建築学、民族学の立場からの検討も加わります。当然、各分野の専門家がこの作業にあたることになります。ほとんどの場合、地上部分は残っていませんので、できるだけ多くの地下に残された情報を収集し、活かすことが必要になります。わずかであっても柱が残っていれば木の種類を同定することもできます。単なるイメージで復元が行われることはほとんどありません。


雪景色の竪穴住居(御所野遺跡)

設計に関しても日本には法隆寺以前の建物は現存しませんし、記録もありませんので、やはり困難な作業となります。縄文遺跡ですと同じ狩猟採集民の建物などを参考にしますが、最後は想像力が必要となります。もちろん学術的な根拠は必要ですが、それは直接的な証拠というよりも参考資料といった程度にとどまるものと言えます。どこかに縄文時代の家がまるまる一棟埋まっていないものかと思ったりもします。

実際の工事も大変です。縄文時代と現代では気候が違いますから、なかなか適当な部材が見つからないことがあります。また、安全面から竪穴住居といえども十分な強度が必要となります。完成後もやはり気候が違いますので、適切な維持管理が必要となります。

想像以上の時間と手間をかけて復元されますが、これが本当に当時の姿に近いのかどうか現代の私達には知る術もありませんので、自信と不安が日々交錯するわけです。

「地下に真実、地上にロマン」とは、私達の業界でよく言われることです。真実=事実を踏まえないと地上の復元はできませんが、いつかロマンではなく事実と胸を張って言える日が来ることを切に願う次第です。


テーマパークか(吉野ケ里遺跡)

プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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