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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第28回 縄文のはじまり 2010年3月29日

世界遺産登録のためには、提案した自治体が自ら推薦書案を作成し、まずは国へ提出しなければなりません。この推薦書案では、当然、縄文文化や縄文遺跡の持つ顕著な普遍的価値について説明しなければなりませんが、まず基本的なこととして「縄文文化の定義」をしっかりとする必要があります。そのためには、年代と範囲を明確にすること、つまりタテ軸とヨコ軸を設定し、共通理解を図らなければなりません。4道県では、設置した専門家委員会でこの議論を進めていますが、昨年12月、岩手県一戸町で開催した会議で縄文文化のはじまりについて興味深い話がありました。


大平山元Ⅰ遺跡全景

これまでは、土器の出現をもって縄文文化のはじまりとするのが一般的でした。土器の使用という、それ以前には見ることができなかった文化的現象の一大変化をもって新たな文化のはじまりとするものです。しかし、縄文文化のはじまりについては、他にも様々な考え方があり、より多くの土器を持ち、植物質食料の加工技術が進み、明確な定住的なムラが出現する段階とする考え方、あるいは、土器が日常的な道具として全国に広まり、石偶や土偶などの精神的な遺物が一般化する段階とする考え方などがあります。今回の議論では、縄文文化を定住生活の促進と成熟ととらえ、移動生活には適さない土器を持つことは、まさに定住化を高らかに宣言するものであるとしました。

この縄文時代の幕開けを告げる土器ですが、最古の土器が、本県の外ヶ浜町にある大平山元Ⅰ遺跡から出土しています。親指の爪ほどの小さな破片ですが、付着していたおこげ(炭化物)について放射性炭素を利用した年代測定を行ったところ、最も古いものでは約16,500年前という結果が得られました。しかし、この結果については少し注意をしなければなりません。この年代をこれまでの縄文時代の開始年代にそのまま当てはめると、相当古くなってしまいます。縄文時代の開始年代は、約12,000~13,000年前とされていますから、はるか旧石器時代の土器となってしまいます。これまでの年代観も放射性炭素を利用した年代測定結果をもとにしていますが、この結果はあくまでも測定値であり、実際の暦年代とはかけ離れていると最近では考えられています。したがって、他のデータを利用して年代を較正する必要があります。そうすると、縄文時代の開始は、今から約15,000年前であると現在は考えられています。


最古の土器

大平山元Ⅰ遺跡の土器は、年代としてはまさに旧石器時代から縄文時代への移行期にあたります。旧石器時代の土器なのか、それとも縄文時代の土器なのか興味がつきませんが、もう少し資料の増加を待ちたいところです。大平山元Ⅰ遺跡は、現在、国の史跡指定を目指して準備を進めています。我が青森県には、縄文文化を考える上で重要な遺跡がいくつもあるわけです。

プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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