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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第36回 遺跡はなぜ埋まるのか 2010年10月6日

先日、講演した際、会場からの質問に「なぜ、遺跡は地下に埋もれてしまうのか」という質問がありました。言い換えれば遺跡を埋めてしまう土はどこから来るのかということだと思います。


1 黄色の土が中掫浮石層
(五戸町)

普段、遺跡を発掘する我々にとっては、遺跡は地下にあることが当たり前のことですので、遺跡が埋まるメカニズムまではあまり考えたことがありませんでした。 遺跡を埋めている土はよく観察すると様々な種類があることがわかります。色を見ても真っ黒な土もあれば、褐色のものもあります。

湿っていると黒色ですが、乾燥が進むと白っぽくなる土もあります。硬い土、軟らかい土、締まった土などがありますし、中に炭が多く含まれる土、焼けた土が多い土など、混入物まで見ると本当に様々であることがわかります。

加えて日本は火山国ですので、火山灰も比較的多く見られます。それも噴出源や噴火の年代によっても特徴が違います。

例えば約6,000年前に降った火山灰、中掫浮石(ちゅうせりふせき、通称アワ砂)は黄色で粒子が細かい特徴があります。約2,500年前に降った十和田b火山灰は白色で比較的粒の大きい軽石が見られます。約1,200年前の十和田a火山灰は白色ですが、非常に粒が小さく、チョークの粉のような感触があります。この特徴をしっかりと理解することが大事です。

私達は発掘調査する際、遺跡の土の観察を十分に行います。土の違いを見極めて、時代やそこに建物や墓などの遺構があるかないかを判断します。それができないと発掘調査はうまく進められませんし、その能力、知識、経験がない人は発掘調査に向いていないと言われても仕方がありません。

それでは縄文時代から現代まで、土が堆積する過程をシミュレーションしてみましょう。今から約5,000年前の縄文時代に家が造られました。家は半地下式の竪穴住居です。そこで人々は生活していましたが、やがてその家は放棄されてしまいました。その際、柱や屋根を壊したり、場合によっては故意に燃やす場合もありました。あるいは周りの土で一気に埋めてしまうこともありました。


2 火山灰を掘り込んで作られた貯蔵穴
(南部町)

柱や屋根のない住居は円形の大きな穴しか残りません。風の強い日には、周りから風に吹かれた土が堆積します。やがて草が生え、枯れることを繰り返すことによって腐葉土が形成、堆積します。ミミズが多く生息する場合には、その糞が土になると言われています。十和田湖が噴火すると偏西風にのって火山灰が積もります。

そんなことを長い時間繰り返し、やがて家の跡は跡形もなく土に埋もれてしまうわけです。人間が一度動かした土は自然のままの土とは違います。そこの見分けがつけば発掘調査によって以前の人々の生活の痕跡を掘り出すことができるのです。

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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