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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第38回 縄文シティーサミット 2010年11月15日

先日、福島市で第13回縄文シティーサミットが開かれました。縄文シティーサミットは縄文時代の遺跡がある市や町が遺跡を活用した町づくりや地域の活性化を図ることを目的として協議会を結成したもので、年一回、総会と同時にサミットを開催しています。


サミットのパンフレット

今回のテーマは「遺跡と観光」でした。ちなみに、現在の会長さんは青森市の鹿内市長です。私はそのサミットの司会進行を仰せつかり、若干緊張しながら会議に臨みました。何しろ、15市町ありますので、まずはテーマについての発表をいただき、さらにそれについてコメントをいただかなければなりません。

これだけ発表件数が多いとどうしても進行は遅れ気味となります。しかし、サミット終了後もびっちりと予定が組まれていますので、時間はどうしても守らなければなりません。

壇上で時計とにらめっこが始まりました。結果的に若干オーバーしましまたが、許容範囲と思い、事務局の方々からも一応合格をいただいて何とか無事大役を果たすことができました。

各遺跡の発表を聞いてつくづく思うのは、日本には実に様々な遺跡があるということです。時代、規模、遺跡の性格、現状等々、とても興味深くお話しを聞くことができました。

また、所々に出る方言も実に楽しいものでした。遺跡を考えるとき、もちろん学術的な価値も大事ですが、何よりもいかに地域に根をおろしているか、地域の方々から大切にされているか、が重要であるということです。なにしろ、先祖から受け継いだ貴重な財産を未来へ伝えていくことは、地域の協力なくしては実現することは困難です。

史跡や特別史跡にならなくても地域の方々の心の中にしっかりと刻み込まれた遺跡でなければならないと改めて思いました。

そのために、私を含めて遺跡に関わる者が何をすべきなのかを考えなければなりません。遺跡の内容を一番よく知っていて、理解しているのは遺跡を調査している人間です。これは間違いありません。

発掘調査をしたからといって全て疑問が解決するわけではありませんが、遺跡と向かい合うことなしには遺跡を理解することはできないのです。まず、遺跡のことを知っている人間はそのことを周りの方々、地域の方々に伝えていくことから始めなければなりません。知ってもらうための努力が必要です。


サミット翌日は、市内の宮畑遺跡で
イベントが開かれました

現代ではインターネットという有効な手段もあります。そして、遺跡のことを知った方々の中には、現地に行ってみようと思う人が必ず出てきます。これはしめたものです。そして、現地を訪れた見学者へ対してどのようなサービスを提供できるのか、そこのところがとても大事だと思います。

遺跡や地域の特徴を踏まえ、そこでしか提供できない何か、それを考えなければなりません。それは有形のものもあれば無形のものもあるでしょう。あるいは、心でしか受け取ることができないものもあるのかもしれません。

全国には遺跡はたくさんありますが、ひとつひとつ個性があります。それを大切にしたい、そんなことを再び感じたサミットでした。

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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