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連載企画

縄文の風を感じてみませんか?-土岐 司-

第37回 大切なもの・・・って?1 2010年5月12日

道具の使い方を知った人類は、その知恵で地球の多くを手に入れたような錯覚に支配されて現在に至ったが、その結果「富と貧」が生まれた。前にも述べたが人々が一様に物に不足して時代には「相互に分かち合う心」があった。物が溢れるような時代に突入してしまった社会だから、もう一度「それって必要なの?」と踏みとどまって考えることも必要ではないだろうか。

縄文の先輩の時代、カラムシなどの植物から紡いだ繊維を用いた「織物」で衣服を作って着用していたとされる。すごい時間と労力を注いだ作品であっただろうから、お正月の晴れ着だとかと軽はずみに着せ替え人形のような事は困難だっただろう。破けては繕い当て布などで補修して大切に使っていた。多分、代々がそのようにして新調した衣服などは日常的ではなかったと思う。時折、県南の八戸地方の「裂織り」(さきおり)の技法が紹介されるが、古い着物を細かく裂いて織物として再生させる技だ。これとて物が少ない時代の知恵だろう。

裂織イメージ

「つぎはぎ」という言葉は、古い時代からの言葉である。多分「継ぎ接ぎ」なのだと理解してかまわないだろう。悪くなった生地を「継いだり、接いだり」して利用可能な形に生まれ変わらせていた。

青森県の下北地方には「つづれ」と言う言葉があると記憶していたが、内容が定かではないので下北在住の弟に電話して古い記憶の糸を索いてもらった。兄として頼み込むのに気が引けたが手っ取り早く結果が得られることを優先させたのだ。私と違い実直な彼は早速調べてくれた。「つづれ」は「綴れ」で名詞だという。これも「破れた布を縫いつけた衣服、布である」との調査結果だった。さらに、彼は「古語辞典にある」と付け加えてくれて私の短絡的な欠点をヤンワリと指摘してくれた。

似たような物に「ボド」と言う言葉がある。使われなくなってしまった布を継ぎ足して丈夫な一枚を作り出す技法だと推測するが、要はこのような知恵は昔(縄文時代)から伝えられてきたものだ。現代用語で言えば「リサイクル」だろう。そのようにしなければ生きられない時代、それが当たり前であり私たちの感覚の「貧しい」とは随分と違う考え方ではないだろうか。1940年代には冬の寒さを足袋(たび)で過ごしたが、悪ガキの無法な行動力に布製の足袋の耐久力は長くない。その磨り減ったり破れた足袋の繕いは母の仕事であり、薪ストーブの傍で何かをコトコトと煮ながら夜遅くまで繕い物をしていたことを思い出す。ロシア民謡にもあるが繕い物をする姿は母であり、それゆえに家族をつなぐ要に母がいたのだ。縄文時代の母親もまた同じようにして家族を守っていたのだろう。「女は強し、されど母はなお強し」は今に始ったンじゃないのネ。

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プロフィール

土岐 司

1942年青森県生まれ

高校理科教員を38年勤め、2004年有限会社ヒーリングエコツアーPROガイド エコ・遊を設立。 教員在職中、白神山地を題材とした授業の中で、白神の自然を後世に残すという想いに目覚める。

会社設立より現在に至るまでのシーズン中(5月中旬~11月中旬)に白神を留守にしたのは片手で数えるほど。

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