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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第9回 三内丸山の発見とヒミツの絵 2009年9月4日

「外部に情報を漏らさず極秘に一枚、遺跡の復元画を描いてもらえませんか?」

スパイ大作戦みたいな一本の電話がうちにかかってきたのは1995年の暮れのことだったかと思います。

三内丸山発見当初の遺跡配置図

我が家の近所のホテルの喫茶店で 国営放送の某氏は大きな茶封筒から何枚かの写真とコピーを取り出しました。 それが私が始めて目にした三内丸山遺跡の姿でした。

「とにかく大発見なんで・・・」 特番で放送するまでは他の局に情報が漏れては困るということのようで、その極秘書類をかかえて伊賀のクノイチになった気分でソソクサと帰宅しました。

さて、まじまじとその遺跡配置図を見るのですが、野球場の形をしているのでどうしてもまあるい村のイメージしか浮かびません。海からの距離や村全体の規模も雲をつかむようで五里霧中の感がありましたが、何とか描かねばなりません。そこで小山先生に尋ねると 「これはもうエライモンなんやでぇ!」みたいな・・・あ、知ってるけど言えない人がここにもいたそこで先生に監修していただいて、なんとか苦し紛れの一枚ができました。

しばらくすると 今度はニュースステーションのスタッフから電話がきて 特番で流すから復元画をということでした。ううむ・・・また野球場の俯瞰図か・・・おかげで青森県がこの発見のために球場建設をあきらめたのだなということがわかりましたから、これはかなりな発見に違いないと納得。

こちらはデレクターのガイダンスがなかなか優れもので、私は出版物とTVというメディアの性格の違いと使い分けについて とてもためになることを彼から教わりました。

6本柱の上には何があったのか・・・?
論争は未だ終わっていない・・・??

まもなく三内丸山遺跡発見のニュースが流れるようになり、NHKスペシャルに佐原先生が現れて解説をされました。このときは佐原先生のイメージと小山先生監修で描いた絵のイメージがかなり違ったのでしょう。五里霧中の絵はカスル程度にしか映りませんでした。

一方 ニュースステーションではスペシャルとして延長された時間のなかで 効果的な音楽とナレーションが流れる中、縦横になめるように細部までが映っていました。

しかしそれは数分の出来事で どこか絵に間違いやつじつまの合わないところがあっても、記録として長く残ることはない。

はっきりと残る出版物に比べてTVでながれる復元画とはこういうものだということを認識するいい機会でした。

実際に私が三内丸山遺跡に立つことができたのはその年の春・・・八甲田の山並みがまだ真っ白に雪に覆われて美しかったのですが、遺跡も殆どが雪に埋もれており、覚えているのは前を歩いていた人の後姿。次なる仕事のはずの村全体のイメージも、霧ならぬ雪の中から無理やり引っ張り出さねばなりませんでした。

結局屋根がなくなった6本柱建造物
(縄文まほろば博 展示画 部分)

なにせその年の夏に開催予定だった 全国巡回展 「縄文まほろば博1996」 のために たたみ三畳ほどの大きさの 三内丸山遺跡復元図を描けといわれていました。

開催まで3ヶ月、頭から湯気をだして毎日こもりきりで絵を描き続け、ようやく全体が仕上がってきた頃、もっと詳細な情報を頂くために 私は遺跡発掘の責任者に初めて電話をかけました。これが岡田先生との初めての遭遇です。

きびきびしたクールさを感じる受け答えだな・・・と漠然と思った記憶があります。 今思えば 博覧会開催が迫っても一向に収拾のつかない日本中の考古学者を巻き込んだ大論争を、期限までにまとめて形にしなきゃいけなかった当時の岡田先生のやむを得ぬ永世中立タテマエ姿勢かと思いますが。・・・はい、岡田先生は実は弘前が生んだ熱血漢であることは、知る人ぞ知るところであります。

最後までもつれた争点はあの6本の巨木の柱から復元するべき建物の姿だったようです。・・・今でも語り草ですが会場搬入も間近になって、ほぼ完成していた6本柱の建物から「屋根をとってください」と電話がありました。「え~っけっこう上手く描けてたのにぃ~」とは言っても仕方ないので しみじみ屋根を消しました。

きっと青森では口角泡を飛ばす議論がまだ煮えたぎっていたんですね・・・今さらですが岡田先生ご苦労様でした。

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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