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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第23回 諏訪御柱祭り -前編- 2010年4月20日

つい先日、御柱祭りの実況中継をBS放送でやっていたので、ついずぅーっとみてしまいました。何べん見ても迫力があって目が離せない面白い祭りです。

御柱祭り 下社 木落し 2010から

今年が御柱の年ならば、え~・・・うら若き私が小山研究室の面々と御柱祭りを見たのは、思えば遥か、もう28年前のことになります。7年毎の大祭なのでそこはごまかしようがありません。御柱祭が巡ってくるたびに 小山先生とのクサレ縁の長さに驚愕します。

さて、当時はかなりリラックスした毎日を過ごされていた先生が、いつものように昼寝をする机の下の寝袋から這い出して、久しぶりにテニス以外のことに意欲を燃やしているようなので 何かと思えば「御柱祭りのフィールドワークに行くのだ!」ということです。

当時、週刊朝日百科日本の歴史に「縄文人の家族生活」を執筆中だった先生は「この祭りを絵にすることがこの本最大の見せ場になる」とおっしゃいました。

後の縄文人像に革新的なイメージを与えたこの本のために小山先生に閃いたタダならぬアイデアと、7年に一度しかない奇祭のサイクルが不思議に一致していたことが私にはいまだに奇跡とも思えるのですが、小山先生に言わせれば、そこは「僕が天才だから」なんでしょうか?

実は この祭りの年だったから引き受けた仕事だったのかな?

確かにその取材旅行は縄文時代の復元イメージにとっても、私にとっても大きな転換点となったと言って差し支えないものになりました。

「縄文の御柱祭り」の絵は 本当にその本の見開きとなり、そしてその10年後 三内丸山遺跡発見のとき、6本の栗の大木がいかにしてそこに立てられたのか と言う事をも予言することとなったからです。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」
見開き 「縄文の御柱祭り」

「奥山の大木が神になる」

大木を山から切り出して里まで曳き、社殿の四方に垂直に立てるこの「天下の大祭」は、七年に一度、寅と申の年に諏訪大社上社、下社の宝殿を新築し、社殿の四隅にあるモミの大木を建て替えるための祭りです。

霧ヶ峰高原から続く豊かな森に分け入って、氏子たちは御柱となる木の「見立て」を数年前から行います。「仮見立て」された木は、「本見立て」を経て大祭の1年前に伐採されるそうです。

その伐採された木が置かれている山の「棚木場」が御柱祭り「山出し」のスタート地点。我々も、着いた翌朝、文字通り山から出される大木を見に行きました。

朝早くに行ったのですが、すでに祭り装束の男衆が曳こうの準備に余念ありません。

大木もさることながら、掛けられた縄のワイルドな大きさと荒々しさにも驚きます。

大蛇のように太く長くくねって伸びる この縄自体が巨大なオブジェなのです。

今でもフジのツルで縄を作る村があると聴いて、縄文の御柱はフジヅルで綯われた大縄で曳かれていくことになったのですが、先日のBS放送では原村という村で、山から集めたフジの根っこを束ねて綯って、上社御柱の巨大な曳き縄にする様子を実際にルポしていました。

村人が山へ行くたびにちょっくら拾ったフジの蔓を一人また一人と持ってきては 置いていくのんびりした田舎らしい時間のかけ方ながら、終いには7トンもの蔓が集まるシステムを見て、先生も膝を打つ思いだったでしょう。

大蛇のようにも見えるその縄に何十人もの男衆が群がり寄って、 山々に澄んで響き渡る木遣りの歌声を合図に縄が持ち上がると、一年の間「棚木場」横たわっていた大木が眠りから覚めて 少しずつ少しずつ動き始めるのです。

後編につづくーー

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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