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第3回 写真家の石川直樹さんは青森の縄文をどう見ているのだろう? 2011年6月29日

2010年10月に原宿ラフォーレミュージアムで開催されたJOMO-T展でTシャツ作品を出展いただいた写真家の石川直樹さん。世界への旅を続けるなかで、実は青森には何度も足を運んでおり、その写真は写真集『ARCHIPELAGO』でも発表されています。石川さんは今年2月に八戸のえんぶりや青森県立郷土館の土偶などを撮影するために青森を来訪。石川さんの目に青森の縄文はどのように映っているのか、お話を伺いました。

写真とお話:石川直樹/取材・文:草刈朋子

●八戸のえんぶりと祭りの原点

――今回、八戸の「えんぶり」を撮影されましたが、なぜ「えんぶり」だったのでしょうか?

石川 「田んぼ」にまつわるお祭りを一回じっくり見てみたくて。農業や野菜の種子はいま僕が追いかけているテーマの一つでもあり、農耕の儀礼に興味があしました。

――実際に見られてどういう魅力を感じましたか?

石川 初日のえんぶりは長者山新羅(ちょうじゃさんしんら)神社の境内で神様に踊りを奉納することから始まり、最終的に三八城(みやぎ)神社へ行きます。そして、馬の頭をかたどった烏帽子を被った若い男衆3人が踊りを納め、最後に長老のような方がきっちり神社に礼をして終わりました。単なるイベントとしてではなく、儀式的なところがきっちり残っていて、とてもよかったですね。

――儀式的な面白さとは?

石川 「本気」かどうかということでしょうか。人に見せることや第三者の目を意識するのではなく、自分たちのためにやっているのが伝わってきました。それに、昔ながらのお祭りが今も受け継がれているということは、コミュニティがしっかりしているということだと思うんです。えんぶりは子どもの参加も多く、青年や老人もみんな関わっていて、地域にちゃんと根付いている様子を感じられました。

――祭りは縄文時代から行なわれてきました。多少強引ですが、えんぶりに縄文的な感覚は残されていると思いますか?

石川 えんぶりは農耕のお祭で、「農耕」というと弥生のイメージがありますが、そもそも自然に感謝して豊作を願うものですから、自然に対して「祈る」ことを大事にしてきた縄文の生活とは近からずも遠からずでしょう。ただ、「自然のため、自分たちのため」という感覚は、郷土資料館にもあった遮光器土偶の独特な造形にも言えると思うんです。あれは自分たちが作らざるをえなくて、結果的にあのようになったという力強い造形です。土偶は縄文時代の祭祀儀礼などと密接に関わっているはずですから、祭りの原点とも結びついているように思います。

(資料提供:青森県埋蔵文化財調査センター)

●青森は北方世界の入り口

――石川さんは写真集の『ARCHIPELAGO』(集英社)でも亀が岡遺跡や津軽市の出来島海岸にある埋没林などを撮影されていますが、青森の風土性についてはどう感じられますか?

石川 青森は本州から見ると端にあたるんですが、海から見ると北海道やサハリンやアラスカにつながる北方世界の入り口でもあります。当然、いろんな文化が入り込んでくるわけで、その中で頑なに守られてきたものが青森の風土を醸成したように感じています。えんぶりのようなお祭りや、たとえば神社の鳥居に鬼を置く津軽あたりの風習なんかもそうですけど、個性的なものが残っているので、これからもフィールドワークを続けていきたいですね。

――石川さんはJOMO-T展では狩猟採集をしてきた人たちによって作られた北極の街をプリントしたTシャツを出展されていましたが、北方世界に感じる面白さとは?

石川 雪に閉ざされ、冬の間、農作業ができなかったりするような厳しい環境では、自然への畏敬の念が生まれ、生きるための独特の知恵が発達します。たとえば、イヌイットのような先住民族の方たちは頭の先からつま先まで、全身を使って生きていて、五感をフルに活用している。厳しい環境で暮らしている人々は、自然とともに生きるための知恵を持っています。そういった身体全体を使って生きている人たちの生活に僕は憧れるし、尊敬をしているんです。

(資料提供:青森県立郷土館風韻堂コレクション)

●自然の中に出かけて感じたことを大切に

――JOMO-T展は、さまざまなアーティストの方々に縄文というテーマをTシャツに表現してもらいました。若い人たちに縄文を身近に感じてもらいたいという狙いがあったんですが、もし今、縄文や縄文的なものに触れるとしたら、どんな方法があると思いますか?

石川 縄文人の暮らしは土偶や土器といった遺物から想像するしかないわけですが、彼らの精神性みたいなことをもう一回考え直してみることは大切なことだと思います。そのためには自分でフィールドに出ることでしょうか。山や川は縄文時代からあります。実際に歩いてみるのと本で読むのとでは全然違いますから、山を登ったり、川を下ったり、自然の中に入っていくと、畏敬の念や畏怖の念のようなものがきっと生まれてくるでしょう。たとえば、山は縄文時代から人々のランドマークでした。海から見たら道しるべであり、陸の民からしたら山菜などの恵みをもたらす場所です。山に登ってみることで、街で漫然と過ごすのとは別の感覚が芽生えるはずです。実際、山から神様が来るとか山自体が御神体であるとか、そういった自然信仰は古くから存在しています。そういうものは文献で読んだだけではわからないので、自分で歩いてみて何を感じるかが大事。青森には岩木山や白神山地がありますし、僕もいずれきちんと歩いてみたいなと思っています。

 


石川直樹

写真家。1977年東京都生まれ。人類学、民俗学に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに発表し続けている。写真集『POLAR』(リトルモア)や『ARCHIPELAGO』(集英社)、『いま生きているという冒険』(理論社)など著書も多数。2011年に写真集『CORONA』(青土社)で第30回土門拳賞を受賞。2011年5月には10年振りのエヴェレスト登頂に成功。

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プロフィール

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フリー編集者・ライター
NPO法人jomonism会員

1972年北国生まれ。東京造形大学造形学部在学中よりインディーズ雑誌Scum発行。

映画のコピーライター、育児雑誌編集、サブカルチャー系書籍編集を経験したのち、フリーランスとして独立。オルタナティブな視線をモットーに縄文からサブカルチャー、オーガニックや子育てものなど興味の向くまま仕事中。

NPO法人jomonismでは「黒曜石でつくるアクセサリーワークショップ」などを展開。女性のための縄文をいろいろ企画中。

著書に『オーガニックライフ』『ラブ・キャンプ』(ともにマーブルトロン発行/中央公論新社発売)がある。

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