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あそこのおかあさん縄文人だから -山田スイッチ-

第37回 土偶の正体 2011年7月25日

先日、新潟県の笹山遺跡で、縄文研究の第一人者
小林達雄先生にお会いしました!

縄文に興味を持って縄文のお祭りに行くと、
驚くことに初対面の人と突然、
縄文話ができてしまいます。
縄文好きが集まる縄文イベントでは、
小林先生のような素敵な方にも
突然、会えたりするんですね。

そして、お互いが縄文に熱烈に興味があるのを
肌で感じると、突然に心が通じ合ったりするのです。
私は意を決して聞いてみました。
「先生、土偶って一体、何なんですか?」
私が聞くと、小林先生は言いました。

「土偶に関しては、最近一つの報告書にまとめたものが
あるから、送りましょう! 私の意見は他の人と違うことが
多いんだけどね。まあ、送ります!」

こんなありがたいお言葉をちょうだいして数日後、
小林先生の「私説縄文土偶論控え」
(2010年刊行 坪井清足先生卒寿記念論集
~理文行政と研究のはざまで~下巻所収)
が届いたのでした。

土偶は、謎が多い遺物です。
土偶は完全な形で発見されることはめったになく、
初期の土偶には顔がありません。
乳房があり、お腹がふくよかな土偶が出土したことから、
妊娠中の女性を表しているのではないか?
という説があり、私はそれを信じていました。
しかし、土偶の持つ意味はそれで完了するのでしょうか?
考えれば考えるほど、土偶というものは訳がわからなくなってきます。

「土偶とは一体、何なのか。」
小林先生の研究論文は、それまでの私の考えを
根底からくつがえすものであり、読んだ私は腰が抜けそうになったのでした。

以下、小林達雄 「私説縄文土偶論控え」より抜粋します。

「土偶は一べつする、とヒト形に見えるものの、
決してヒトを表現したものではなかったのだ。むしろ、
作者の縄文人がそれ以外の適切な形を発見することが
できないままに、やむを得ず創り出した苦肉の策なのである。」

ヒ、ヒトじゃない…!?
先生は続けます。
「妊娠土偶と呼ぶのも、色香に迷った一方的な
思い過ごしであり、平成心を保った上での判断とは言えない。」
「さりとて土偶は男性でもない。」

では、いったい…?

「つまり、土偶は女性でも男性でもなく、縄文人がヒトとして
己が身を写したものではない。おそらくはヒトとは別の存在の
イメージだった蓋然性が高いのだ。
それこそは、他でもない
何かしらの縄文人の観念世界に跳梁跋扈する精霊の仮りの姿だったのである。
縄文世界に初めて登場した最古の土偶が、ヒトには不可欠な
頭や顔のない形態から出発して頑なに中期まで維持し続けた不思議な理由も
ここに潜んでいる。」

顔のある中期以降の土偶に関して小林先生は、

「目に見えぬ精霊を可視化しようとする努力が、
中期以降にはその禁欲を破って顔表現に踏み切った」
と判断されています。
そして、「弥生時代に入ると土偶はたちまち日本列島から
姿を消してゆく。土偶とは別の世界のはじまりであり、
新しい歴史の開幕である。」と言うのでした。

精霊の、跳梁跋扈していた縄文時代。
土偶がその精霊を形にしたものだとしたら、
縄文人は精霊の声を聞き、
その精霊の姿を私たちに伝えようとしたのかもしれません。

コメント

  • 通りすがりの者です。
    土偶についてですが、この形は死者の姿を表した物と考えられませんか?今のように死者を埋葬するまでの期間、そのままにしておくと腐敗が進行し男女問わずというか、男女の区別さえ付かない土偶にそっくりな姿になります。
    この姿になった死者の魂を鎮める、あるいは現在の位牌や遺影のようなポジションで作り置いておいたのではないかと思われて仕方ないのですが。
    まぁはっきりと分からないのが古代を研究する上での楽しみなのでしょうが。

    2014年8月31日 10:28 AM | 通りすがり

第37回 土偶の正体 への1件のコメント

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プロフィール

山田スイッチ

1976年7月31日生まれ。

しし座のB型。青森県在住コラムニスト。 さまざまな職を経て、コラムニストに。 著書に「しあわせスイッチ」「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版刊)、「しあわせ道場」(光文社刊)がある。

趣味は「床を雑巾で拭いて汚れを人に見せて、誉めてもらうこと」。

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