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連載企画

あそこのおかあさん縄文人だから -山田スイッチ-

第2回 縄文の森 2008年10月15日

先日、三内丸山の縄文時遊館で開かれたJOMON-Seminarに呼ばれて、参加して来ました!山田スイッチです。

縄文が好きで自宅に竪穴式住居を建てただけなのに。随分今年の私は縄文づいていますね。北海道・北東北の縄文遺跡群も世界文化遺産暫定リスト入りが決まったそうですし。めでたい限りです。

セミナーには、映画「降りてゆく生き方」(来春公開)の制作チームの方々やプランナーの方、イベンターの方。ねぶた絵師の方に、映画プロデューサーにジャーナリストの方、ランタンアーティスト、天才笛吹少年、縄文太鼓「荒吐会」の方、舞踏家さんやタレントさんにプロの白神ガイドの方など。たくさんの方々が招かれました。

「青森県の縄文をどう発信したら良いか」との質問に、東京からいらっしゃった皆さんは口々にこうおっしゃっていたのでした。「地域の人たちは、地域の良さをわかっていない」と。映画プロデューサーの森田貴英さんが言いました。

「東京に住んでいると、もし明日地震が来たらどうしよう、水はどうなるんだろう?という、何かあったらどうやって生きていけるんだろう?という不安を僕たちは抱えているんです。だけど、青森だったら美味しい水はあるし、地下鉄に乗らなくてもどうにかなるじゃないですか。みんな、青森県には生きる可能性を求めているんですよ。だけど、青森の人たちは自分たちの良さをわかっていないんです。」

これを言われてふと気が付いた、地元の人がわかっていない青森の良いところ。

それは、水があって、森があって、遺跡があって。たくさん自然があるところだと思うのです。私はきっとこの辺が、世界遺産に登録してもらえるかどうかの境目になるのではないか?と思っているのですが。

そうであるのに、青森県民はついつい都会に憧れて。建てなくてもいいようなビルを建てちゃったり、ガラス張りの近代建築に手を出してみて、中途半端な都会を演出して逆に田舎くさくなってしまうのです。自分の良さをわかっていないから。田舎が良いところだということに気が付かないんですよ。

今までは、青森県であるのに都会風になろうとして(これを地元では、「えふりこき」と呼びます。)失敗してきた青森県ですが。自分たちの真の良さを、意識しなければならない時代に来たと思うのです。これから行くべき路線はきっと、こうなると思いますよ。本当に青森は森だった。「青森は、森」路線ですよ!

事実、そのセミナーで参加者全員が求めていたことは、「縄文の森の再生」でした。
「縄文人の生き方を復活させるような取り組みをして欲しい」「縄文人の気持ちが、かけ抜けるような手段で遺跡を開放して欲しい」と、皆さん真摯におっしゃっていました。

現代と縄文時代では、気候が随分と違うらしく。縄文の森を再生するのは大変、難しいことなのですが。県内にある私の大好きな「小牧野遺跡」に出かけると、そこは小さな畑以外はなんにもない山の中で。畑の奥には、四千年前に縄文の人たちが川から石を運んで作った、ストーンサークルが拡がっているのです。

そこは、縄文の人たちの、祭祀の場所でした。

小牧野遺跡は、山道を車で行かないと辿り着けない場所にあるのですが。遺跡の向こうには、ひたすらに森と山が拡がっていて。きっと、都会の人たちの求めている「縄文の森」は、この森なのだろうと思ってしまうのです。

「人間が、自然の一部だと感じられる状態で、遺跡を開放して欲しい」と、映画監督の矢崎充彦さんがおっしゃっていました。

きっと都会には今、縄文の森が「本当にないのだな」と思います。

自然の中で、子供に帰って遊ぶ場所が、今、青森県に求められていると思うのです。

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プロフィール

山田スイッチ

1976年7月31日生まれ。

しし座のB型。青森県在住コラムニスト。 さまざまな職を経て、コラムニストに。 著書に「しあわせスイッチ」「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版刊)、「しあわせ道場」(光文社刊)がある。

趣味は「床を雑巾で拭いて汚れを人に見せて、誉めてもらうこと」。

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