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連載企画

世界の"世界遺産"から

第10回 サンクトペテルブルグの風に青森を思う。 2009年12月18日

気温は0度近く。とはいえ、冷えきった風を多少なりともやわらげる湿り気と海の香りが、青森市出身のわたくしにとってはとてもしっくりと馴染み、一瞬にして街への思慕が生まれた。10月に訪れた、ロシアはサンクトペテルブルクでのことである。

目映い「エルミタージュ美術館」内部。

飛行機を乗り換えたモスクワが、25年前とあまり変わらぬソビエト臭を漂わせていたので警戒していたのだが、サンクトペテルブルクの空気は大きな帽子を被った軍人が邪魔する以外、むしろヨーロッパに近い。帝政時代の建物が多く残る歴史地区が、ユネスコの世界遺産。「罪と罰」「白夜」といった、ドストエフスキーの小説の光景がリアルに思い描けるくらい、趣をたたえている。

エルミタージュ美術館ほかロマノフ家や貴族階級の宮殿や屋敷はいずれも、息をのむほどに豪華絢爛である。正直に言えば、過ぎるほどに。当時、極東の“田舎”だったロシアから、フランスを要とするヨーロッパの宮廷を訪れた貴族や文化人たちはおそらく、華やかな記憶を頼りにしながら、懸命に最先端を追いかけたのではないか。その結果、ゴージャスがより誇張されたのではないか。東京に行っては流行のモノを買い込んでいた、高校時代(マクドナルド進出前)の自分を思い出しての想像なので、確証はないのだが。

建物の美しさやウォッカの旨さにもまして心に刻まれたのは、ロシアの人の良さだった。英語がほとんど通じないのにも関わらず、通りすがりの人に道を聞いても、ホテルやカフェ、レストランでなにかを頼んでも、皆、ほんとうに一生懸命対応してくれた。誠意が、ひしひし伝わってきた。初芝五洋ホールディングスの島耕作氏もまた、同様の印象を受けていたのを知ったのは、帰国後のこと(詳しくは「社長 島耕作」3~4巻をご参照いただきたい)。どうやら、偶然や運に恵まれただけではないようだ。

同じく世界遺産の「血の上の救世主教会」。

一方で、各地を旅した方からよく聞くのが、「青森の人たちって、いわゆる堪え忍ぶ的な東北気質ではないよね」というご意見である。どちらかと言えば、大らかなラテン系だと。超がつくほどの青森好きから博識で知られる作家の先生方まで、幅広い層から似たようなお話を伺っているので、決して酔っぱらいのヨタ話ではないと思われる。

他県の人々が感じるその青森人の気質に、なにかしら縄文的な意味づけができれば面白いのではないかと、最近、思う。縄文の遺跡は日本に広く点在しているので、決してひとくくりにはできないだろうが、もしうまく表現できれば、縄文と現代をつなぐ味わい深い物語が生まれるはずだ。ワールドワイドに経験豊かな島耕作氏も青森の女性と関係を持ち、縄文のときめきを感じてくれないかしら……。

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プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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