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連載企画

小山センセイの縄文徒然草 小山修三

第10回 土器の起源:年代と拡散 2012年3月15日

最初の土器は、いつ、どこで、つくられたのか、どう世界に広がっていったのか?
かつては、土器はメソポタミアで始まりそこから世界各地に拡散したという、考古学者G.チャイルドに代表される一元説が有力だった。したがって、日本にきたのは約4000年前という想定で山内清男先生が縄文時代の土器編年(早期、前期、中期、後期、晩期に大別)をつくったのである。ところが、1960年代に縄文時代早期の史跡夏島貝塚から8000年以上前という、とんでもなく古いC14年代(放射性炭素年代測定)がでて時間的な土台が揺らいでしまった。

C14年代を根拠にした芹沢長介先生と、そんなもの信用できないとする山内先生との間に激しい論争が起こったことはよく知られている(今もその余韻は残っている)。その間、山内先生は早期の前に草創期を置くことを提唱した。

その後の発掘調査の結果によって草創期の編年が充実していったのだが、現在はC14年代でみるかぎり、草創期の始まりは氷河期まで遡り、その時間幅はそれまでの縄文時代より長いのである。

C14年代はいまや世界考古学では利用することが当然となっている。最近、総合地球環境学研究所のプロジェクトで、土器の始まりと拡散について、P.ジョーダン氏の発表を聞いたが、刺激的でおもしろかった。年代の古い土器を出す遺跡は世界で続々と発見されているが、とくに東アジアからは1万年以上の年代が数多く出されている。最古のものを挙げてみると、日本の大平山元遺跡は16230BP、南中国ユチャンアン遺跡は14835BP(17630BPもあるが疑義がある)、東シベリアのグロマツカ遺跡は13340BPとなる。

ジョーダン氏は、各地の古いC14年代を高さとみなし、等高線を引いた地図を描き出している。
すると東アジアからユーラシア大陸を横切って中東、ヨーロッパへと土器が伝播していった道筋があらわれる。しかし、困ったと言うか、驚いたことには、最近北アフリカで1万年前後の土器遺跡が続々と見つかっていることだった。時間的、空間的に、これを東アジアと関係付けることは無理なので、アフリカでも土器文化が発生していたと考えざるをえない。すると、土器の起源は一つではなく複数あったことになり一元説は消えてしまう。それを解明するためには土器が社会にどんな役割を果たしたのかを考える必要があると思う。(つづく)

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プロフィール

小山センセイの縄文徒然草

1939年香川県生まれ。元吹田市立博物館館長、国立民族学博物館名誉教授。
Ph.D(カリフォルニア大学)。専攻は、考古学、文化人類学。

狩猟採集社会における人口動態と自然環境への適応のかたちに興味を持ち、これまでに縄文時代の人口シミュレーションやオーストラリア・アボリジニ社会の研
究に従事。この民族学研究の成果をつかい、縄文時代の社会を構築する試みをおこなっている。

主な著書に、『狩人の大地-オーストラリア・アボリジニの世界-』(雄山閣出版)、『縄文学への道』(NHKブックス)、『縄文探検』(中公 文庫)、『森と生きる-対立と共存のかたち』(山川出版社)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(編著・農文協)などがある。

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