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連載企画

ジョウモンのカ・タ・チ

第8回「魚骨のカタチ」 2012年4月16日

学生時代、貝塚を踏査する機会があり、宮城県のとある貝塚で奇妙な骨を拾いました。それは、魚の脊椎骨の棘(きょく)と呼ばれる部分に飴玉のような瘤のある骨で、初めて目にするものでした。

遺跡から出土する骨を調べ、過去の人々の利用した動物や環境について研究する動物考古学を専門に勉強していた私は、その正体が気になって仕方がありませんでした。背骨は、椎骨(ついこつ)と呼ばれる骨が連なってできています。魚の椎骨は、臼状の「椎体」とこれに直交するように接続する針状の「棘」で構成され、両者が一体となって体を支えています。

椎骨から魚の種類を特定するには、椎体の形状や棘に接続する角度などを現代の魚で作成した骨格標本と見比べる必要があります。拾った骨が、魚の椎骨であることは明らかでしたが、さらに自前の骨格標本と比較して、マダイに似ているということも突き止めました。しかし、私の標本に「瘤」はなく、結局その正体はわからずじまいでした。「病気を患っていたマダイなのかもしれない。だとしたらこの魚を食べた縄文人は無事だったのだろうか・・。」妙な想像をし始める始末でした。

その後、しばらく「瘤」のことは、すっかり忘れていましたが、卒業論文をまとめるときに再び、目にすることとなりました。大学の研究室では、同一種であっても複数の骨格標本を揃えています。年齢や生息環境の違いなど、様々な条件で形状に違いが生じることを見据えてのことです。また、標本の状態の良し悪しによって誤った判断をしてしまうこともありますので、複数の標本から確認を行うことは大事なことです。研究室にあった複数のマダイの標本を並べてみたところ、「瘤」のある標本が含まれていたのでした。もちろん「瘤」がないものもあって、マダイの骨にすべからく見つかるものではないということもわかりました。

江戸時代、奥倉辰行という人物が描いた有名な鯛の骨格図があります。実は、その図に、この「瘤」が描かれています。「鳴門骨(なるとほね)」と呼ばれ、その名は、海峡の荒波にもまれた鯛の骨に「瘤」ができるという俗説にちなんでいます。現在も、天然物の証というような理解が流布し、珍重されていますが、実際のところ、「瘤」ができる理由はよくわかっていません。三陸沿岸部の縄文貝塚では、しばしば「瘤」に穴をあけて作られた装飾品が出土します。現代を生きる私たちは天然物の証としての価値を「瘤」に見出しているわけですが、縄文人は果たしてどんな価値を見出していたのでしょうか。

 

魚(スズキ)の椎骨
魚(スズキ)の椎骨
マダイの骨格標本
マダイの骨格標本

奥倉辰行『水族四帖』に描かれたマダイの骨格図
奥倉辰行『水族四帖』に描かれたマダイの骨格図

「此の骨、魚により無きもあり」の文字がみえる。(鈴木克美『ものと人間の文化史65 鯛』法政大学出版局より転載)

 

マダイの椎骨(宮城県東松島市里浜貝塚出土)
マダイの椎骨(宮城県東松島市里浜貝塚出土)

棘に飴玉のような「瘤」がみられる。

 

「瘤」を加工した装飾品(宮城県気仙沼市田柄貝塚出土)
「瘤」を加工した装飾品(宮城県気仙沼市田柄貝塚出土)

同様の装飾品は、岩手県陸前高田市獺沢貝塚からも出土している。

(青森県教育庁文化財保護課 文化財保護主事 斉藤慶吏)

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プロフィール

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執筆者一覧

・青森県教育委員会文化財保護課長 岡田康博
・青森県教育庁文化財保護課 文化財保護主査 永嶋豊
・青森県教育庁文化財保護課 文化財保護主幹 斎藤岳
・青森県教育庁文化財保護課 文化財保護主事 岩田安之
・青森県教育庁文化財保護課 文化財保護主事 斉藤慶吏

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