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あそこのおかあさん縄文人だから -山田スイッチ-

第47回 無意味性のついきゅう 2012年8月3日

当たり前かもしれないことなのですが、縄文人はTwitterというものをやらないのです。もちろん、FACEBOOKというものを使いませんし、グーグルというものは食べるものかと思っているかもしれません。(それはベーグル……)
 
縄文人は携帯電話というものを持ちませんし、別段必要もないと思います。
携帯がなくても支障なく生きていけるということを、ひょっとしたら現代の人達は、想像できないのかもしれません。携帯電話の登場によって、意志の確認というものはとてもスピーディーに行われるようになりましたが、「わからないことの意味」を、体で感じる機会は減ったように思うのです。
物事は、わからないから、畏れを抱いたり神秘を感じたりするのではないでしょうか。
 
このところ、無意味性の追求ということを始めた私なのですが、縄文の人達はよくそれを体現しているなあと思うのです。無意味性というのは、意味がないということです。そして現代の人は、意味というものをよく「価値」として捉えてしまってるよなあと最近、気づいたんですね。
 
生きる意味を探す人たちは実は、「意味」というめんどうな言葉に捕まってしまっていて。意味を求めているようで実は、価値を求めているように思えるのです。ということは、生きる意味を探すということは生きる価値を探すことだとも言えますよね。
でも、正直生きる価値がない人なんていないわけです。
「意味」という言葉を使うとなぜか、意味がなければいけないように思ってしまいます。そんな罠にかかると、生きる意味がわかるまでなんともいえぬ、モヤモヤッとした気分になってしまうものですが。それが本当は「価値」だとしたら、「生きてる価値ぐらいはある」と、言えちゃうわけなんです。
 
「価値がない」と思っている人が仮にいたとししても、それを決めるのは自分じゃないので。まして、他人でもないわけで。生きてるということは、それだけで必然性があって誰かが生んだわけですから、私という生き物が存在しているという時点で価値があるわけです。そしてそれは他の生きているものと触れあう時にまた新しい変化や反応を生むという点で、かならず価値があります。
 
もう価値も意味も最初からあるんなら、後から言い出した意味とか価値にはとらわれないように生きたいなあというのが、無意味性の追求なのであります。
 
意味というのは案外、正しさと仲がいいと思うのです。なので、正しくないことや無意味なことというのは、評価されにくいものです。それでも、衝動ですとか、欲求というものがポンッと生まれる時は、そこに意味なんてものはなくて、ただそうしたいという気持ちで動くわけなので。理由はないけど人は、そういうものの力によって生きていけるんだと思うんです。
 
ぽんっと生まれて、そのまま生きる。
そして生まれてくる衝動も欲求も、生まれたのだから歓迎してあげる。
そういう風に過ごしていましたら、私は20代でお笑い芸人を目指した後にお笑いエッセイストになり、顔面を白塗りにして踊ったり、ブラジルで夫とサンマを焼いて売り歩き、30代で自宅の庭に竪穴式住居を建て、その後友人と青森県の津軽半島にある外ヶ浜町に、ストーンサークルを造ってしまったという……自分で選んで、意味のわからない、正直、妙な人生を歩んでしまうことになったのでした……。
 
いったい、何故そんなことを…? と言われたら、やはりそれは、ただ単にぽんっと生まれたものをそのまま育てただけなので。理由はどこにもなく、ただやりたかったとしか言いようがないのです。春になったから苗を植える、夏になったから草を抜く。思いついたから、石を並べる。
 
衝動のままに生きていると、だんだんと精神が縄文人に近くなってくるように思えます。
「そのままでいい」という力強い感覚を、縄文人は教えてくれます。一万年の昔から脈々と連なってここにいる私やあなたは、
いるだけで縄文からの繋がりを表す良きものなのです。

無意味性のついきゅう

コメント

  • ダメで元々のブログの掛け軸を見るたびに、(・∀・)ふふっと、息が抜けます。

    無意味性のついきゅうを読んで、私もそういうふうに行きたいと思います。なかなか、頭でっかちになりますが、少しずつやってみます。

    2012年9月7日 12:53 PM | 沢 夏美 

第47回 無意味性のついきゅう への1件のコメント

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プロフィール

山田スイッチ

1976年7月31日生まれ。

しし座のB型。青森県在住コラムニスト。 さまざまな職を経て、コラムニストに。 著書に「しあわせスイッチ」「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版刊)、「しあわせ道場」(光文社刊)がある。

趣味は「床を雑巾で拭いて汚れを人に見せて、誉めてもらうこと」。

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