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連載企画

世界の"世界遺産"から

第39回 悪女か否か? ハトシェプスト・サスペンス劇場。 2012年8月24日

去る8月4日から東京の上野の森美術館で「ツタンカーメン展」が始まり、街を歩けば必ずといっていいほどポスターが目に入る。より多くの皆さまにあの黄金のマスクをはじめとする目映いお宝をご覧になっていただきたいものの、ついついエジプトに心が飛んじゃって、あげくの果てにあれこれ資料を読み返しちゃってと、宿題いっぱいの日々に差し障りがあるのが個人的には辛いところ。

皆さまもご存知の通りツタンカーメンの存在は長らくナゾだったが、若きファラオは墓の発見によって初めて陽の目を見た。一方でかなり派手な痕跡を残しつつも、歴史から抹消されかけたファラオがいる。紀元前15世紀の女王ハトシェプスト。ルクソールは王家の谷近くにある、壮麗な「ハトシェプスト女王葬祭殿」から輝ける時代が窺いしれるが、正面を飾る像は破壊された後に修復されたものであり、彼女の姿を描いたレリーフはきれいに削り取られている。いったい誰が、なんのために……。

ハトシェプストは当初、甥にあたる幼いトトメス3世の摂政として権力を握ったが、いつしか王の称号を名乗るようになった。とすると、いやがらせの数々は、邪魔者が亡くなりようやく自己主張できるようになったトトメス3世の鬱憤晴らしかとも思うが、ハトシェプストの死から20年近い歳月の後に行われたという見方もあり、女性のファラオを快く思わなかった連中の仕業ではとの説も。

葬祭殿にはハトシェプストがいかに正統な術でファラオになったかを伝えるウソつきな(おそらく)壁画もある上、全体的に「私を見て」的な自己顕示欲の強さを感じるのが正直なところ。恨みがましく思う人たちがいたのも仕方ないような気もするが、権力争いの結果であれ、ことを憂いだ人々の暴挙であれ、数千年の時を経てから、彼女への憎しみが明確な形として、しかも世界遺産として数多の観光客に見られてしまうのはなんとも恰好が悪い。丁寧に削られたレリーフを目にした際には、笑いすらこぼれた。「誰か」の意図とは逆に、彼女が在位したことをわざわざ強調しているかのようなんだもの。ハトシェプストのオベリスクが壁で覆われたため、良好な状態で保存されたというのも、なんとも皮肉である。

平和を優先し、戦をできるだけ避けたとの話もあるから、さほど悪い人でもなかったのかもしれないとは思いつつ、戦いの跡がまったく見られない縄文遺跡とは異なり、軍事遠征の記録が残っているので、う~むとも。とにもかくにもテレビドラマでも見ているかのような、下世話な関心がむくむくとふくらんでくるのだ。

同時に、人を悪く思うならこっそり、跡を残さず、という教訓も胸に刻まれた。パソコンのメールをはじめ、自分が亡き後、人さまに見られたくないものはきっちり整理しておこうと。ああ、エジプトのダイナミックな歴史に比べればどうにもこうにも肝っ玉のちっちゃいことで、申し訳ありませんです。

圧倒的な存在感があるハトシェプスト女王葬祭殿
圧倒的な存在感があるハトシェプスト女王葬祭殿。
写真:松隈直樹
カルナック神殿の削り取られた壁画
カルナック神殿の削り取られた壁画。ここまでやらなくても……。
写真:松隈直樹

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プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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