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連載企画

世界の"世界遺産"から

第41回 乙女恥じらい頬染める、屋久島の森。 2012年10月17日

その様子をごく至近距離で捉えたとき、胸の鼓動が高まり、思わず赤面してしまったのを思い出す。幼い頃の青森市の景色でいうと、「奈良屋劇場」さんの前を通ってオトナな映画の看板がうっかり目に入り、ドギマギしながら見て見ぬふりしたときのような……いやいや、人さまには言えない、ピンクな裏道をのぞいたワケではない。世界遺産・屋久島の森に入り込んだときのことである。

まず圧倒されたのは、樹齢1000年を越える巨大な屋久杉の存在感。あまりの大きさに、自分の視点の物差しが狂ってきたのが、面白かった。それにも増してわたくしの目を釘付けにしたのは、多湿という恵まれた環境のなかで自由奔放、縦横無尽に歳月を重ねた根や幹だった。重力を無視して根が真横に伸び、空中に浮いている不可思議な光景も見られたが、これは以前その下にあった木が朽ちてしまい、跡形もなくなったためなのだそうだ。根は地中、幹は天を目指して進むという常識が、屋久島の森ではあっけなく覆されていく。

木々が互いに抱きあい、一心同体化した図もそこかしこに。情念を感じさせるほどしかと絡み合うその姿は、閨房での睦み合いを彷彿とさせた。定期的に皮を脱ぎ捨てるという、ヒメシャラのつるりとした肌がまた、たいそうなまめかしい。地面に複雑な模様を描いた根をよけるように歩みを続けると、緑の苔に覆われたかつての大木の切り株から、顔をのぞかせている小さな芽が。思わず涙があふれてきた。

屋久島の森と聞いて誰しもがまず思うのは、縄文杉であろう。楽ではない山道を1日かける往復の時間も相まって、その姿を目にすれば達成感があふれる。しかし、それだけで終わってしまう旅人が実に多いという嘆きの声を、少なからず耳にした。ほんのわずかの滞在で、縄文杉だけを心に刻んで帰るのはもったいない話だと。白神山地同様、屋久島の醍醐味も、「生きている森」を実感することにある。もしこれからお出かけになるのなら、ゆっくり、じっくりと森を歩き、混沌としたその世界を満喫していただきたい。さらには、妄想して頬を赤く染めていただきたい。でもって夜は、地元の焼酎「三岳」をお湯割りをちびちび。島の水が違うせいだろう、東京、はたまた旅の拠点となる鹿児島で飲むのとも、また異なる旨さなのである。歩き疲れた体に「三岳」のじわじわしみこませた後は、甘く切ない夢を見るのだ。

*昭和青森ひとくちメモ
かつての「奈良屋劇場」さんは、オトナの映画専門館。その看板によって少年少女は「エロス」の匂いを微かに感じとり、心の成長が健やかに促されたのである。「宇宙戦艦ヤマト」がなぜかここで上映され、作品そのものよりも「奈良屋に入る!」ことに鼻血が出そうなほどの興奮を覚えた子どもたち(わたくしを含む)は少なくなかった。

屋久島心中
杉の木に追いすがるかのように絡みついたヒメシャラ。
写真:松隈直樹
芽
混沌の果ての新たないのち。
写真:松隈直樹

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プロフィール

山内 史子

ライター、紀行家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」(小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。2016年6月に「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(小学館)を上梓。

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