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連載企画

小山センセイの縄文徒然草 小山修三

第17回 森とのつきあい方 2012年10月25日

10月12日に青森で開催された「第25回 巨木を語ろう全国フォーラム」で講演しました。まず、三内丸山遺跡が縄文時代を代表する遺跡となったのは、直径1メートルの柱が発見されたからではないか、それは縄文時代から始まる日本人の巨木に対する思いが背景にあるという話から始めました。

天にそびえたつ巨木や何百年もの古木への思いは、古来、世界の民族に共通するもので、その痕跡は神話、伝承、絵画などからたどることが出来ます。日本ではそれが特に濃厚で、屋久島の縄文杉、諏訪の御柱祭をはじめ、村や子どもを守る木、切り倒した人にたたる木の民話など数多くの例があります。それは多神教というか、モノには魂が宿る、あるいはカミとなるという思想に基づいているからでしょう。

ところが、キリスト教、一神教の欧米社会では、そんな考えは否定されているのです。それでも、自然を敬い愛する人は数多く、森を守ろうとする動きは社会現象となっています。その違いはどう現れているのでしょうか。

カリフォルニアのヨセミテ国立公園にはジャイアント・セコイアの森があります。直径7メートルもの木があり、幹に穴をあけると、自動車がゆうゆうと通れるほどです。その大きさは感動的で、19世紀には切り倒して博覧会に出した例さえありました。しかし現在では、鳥、獣、昆虫、キノコ、カビなどの役割や野火、大風、地盤浸食などの影響を含めた森の生態系について科学的な研究が進められています。また、そこは公園となって散策やキャンプを楽しめる市民に開かれた場所になっています。

これに対して日本では、巨木に注連縄(しめなわ)、鳥居や祠(ほこら)をまつるなどアニミズム的な要素が強く残っています。森全体より特定の木という感がつよく、気がつくとその木だけが残っていたとか、保護の指定があったので立ち入り禁止にするという例もあるそうで、信仰心の影響のためか、閉ざされた空間をつくる傾向が強いようです。

森に対する考え方も、やはり文化による縛りを受けています。アメリカ(一神教の世界)と日本(多神教の世界)の森に対する考え方は、まるで逆のアプローチのように見えますが、地球環境の破壊が進む現在、それぞれの長所を取り入れながら、自然を守っていくことが今日の私たちの仕事だと思います。

七崎神社『スギ』ご神木
七崎神社『スギ』ご神木(八戸市豊崎町)
写真提供:青森県樹木医会の斎藤 嘉次雄 氏
ヨセミテ国立公園
ヨセミテ国立公園(カリフォルニア)

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プロフィール

小山センセイの縄文徒然草

1939年香川県生まれ。元吹田市立博物館館長、国立民族学博物館名誉教授。
Ph.D(カリフォルニア大学)。専攻は、考古学、文化人類学。

狩猟採集社会における人口動態と自然環境への適応のかたちに興味を持ち、これまでに縄文時代の人口シミュレーションやオーストラリア・アボリジニ社会の研
究に従事。この民族学研究の成果をつかい、縄文時代の社会を構築する試みをおこなっている。

主な著書に、『狩人の大地-オーストラリア・アボリジニの世界-』(雄山閣出版)、『縄文学への道』(NHKブックス)、『縄文探検』(中公 文庫)、『森と生きる-対立と共存のかたち』(山川出版社)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(編著・農文協)などがある。

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