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連載企画

あそこのおかあさん縄文人だから -山田スイッチ-

第51回 自家製ストーンサークル 2012年11月27日

縄文時代が何故面白いのか。
その一つの答えに、「誰も真相を知らない」ということが
あると思うんですね。

「いやあ、儂は5000年前から生きておったんじゃが、
あの頃は温暖化で青森も暖かくて、最高じゃったわい。
え? 土偶? あれは、当時流行ったアニメのフィギュアだったんじゃ……」

日沼ストーンサークル

などということを知っている人が誰もいない
(その当時から生きている人と当時に書かれた文献がない)ものですから、
我々は発掘をして分析することでしか、
当時の世界観を見いだすことができないのです。

ですので、土偶に関してもその使用用途や何を表しているのかは、
未だに謎に包まれていると言えます。

作るのに細心の注意を払われたであろう土偶。
ほとんどの土偶が作られた地域に関わらず、どんな複雑な形であっても
シンメトリー(左右対称)の美を表しているのは不思議とも言えます。
左右対称に作るって、意外と難しいことですから。

一体「それ」が何を表していて、古代人は「それ」を何のために行っていたのか。
それを発掘→分析→想像→仮説という順序で
縄文人の生活を仮定するのが普通の方法だと思いますが、
その逆をやってみる人達もいます。

逆というのは、まず仮説がバーンと立ち上がってしまうということです。
直感力により仮説がバーンと立ち上がって、
「こうだったんじゃないか!? そしてこうだったんじゃないか!?」と
仮説から想像を巡らせ、とりあえず同じものを作ってしまう人達……。

同じものを作るという行為は、非常に分析に近い行為だと思うのです。
私も庭に竪穴式住居を造った時に、「なぜ、穴を掘って柱を立てるのか」が
自然とわかった経験があります。
穴を掘って柱を建てると、地面にそのまま建てるよりも手が届く範囲が広がって、
非常に家が建てやすいんですね。集落のみんなと協力して建てれば、
あっという間に建ってしまうのが竪穴式住居だと感じました。

昨年は、直径50メートル×45メートルの巨大ストーンサークルを
アーティストの杉原信幸さんと山形淑華さん、
ボランティアに参加してくれた皆さんと共に制作しましたが、
今年はわが家の庭に、125センチ×180センチの
小さなストーンサークルを造りました。

日沼ストーンサークル

そこでわかったことは、
ストーンサークル建設で一番重要で大変なことは、
「石を運ぶ」ことだという、最もシンプルな答えでした。
小さな石で造るストーンサークルは、地面に描くのが本当に楽だったのです……・。

おお、去年10月に1トントラックで何往復もした石の運搬がバケツ何杯かの石で済んでしまう……。それなのに、デザインには棒状の石や丸石を取り入れて、あたかも縮尺したストーンサークルのように美しく、可愛らしいものが出来上がりました。
拾ってきた津軽錦石の交じった、現代版ストーンサークルの完成です!

出来上がったストーンサークルから感じたこと。それは、
「離れていても、寂しくない」
という感情でした。

杉原さんや山形さんは、普段青森から遠く離れた、長野県に暮らしているので
一年のうちでなかなか会える日はありません。
ですが、庭先に彼らの造ったストーンサークルがあると、
まるで彼らに会いにいくような、不思議な気持ちになるのです。

縄文時代のストーンサークルは、世代を超えて、100年もの時間をかけて
造られたものです。
その石を見て、
「離れていても寂しくない。なぜなら、この石は
私の父が川から運んできたものだから」と、世代を超えてその存在を感じていた
縄文の人も、いたのかもしれませんね。

ストーンサークルのイラスト

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プロフィール

山田スイッチ

1976年7月31日生まれ。

しし座のB型。青森県在住コラムニスト。 さまざまな職を経て、コラムニストに。 著書に「しあわせスイッチ」「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版刊)、「しあわせ道場」(光文社刊)がある。

趣味は「床を雑巾で拭いて汚れを人に見せて、誉めてもらうこと」。

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