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あそこのおかあさん縄文人だから -山田スイッチ-

第52回 サザエさんから縄文時代へ 2013年1月7日

縄文時代はそう遠くない……そう思うのは、
長谷川町子さんのマンガ『サザエさん』を読む時です。

『サザエさん』の連載が始まったのは昭和21年(1946年)。
第二次世界大戦の直後です。この頃、まだ庶民の暮らしには電化製品が
少なく、お風呂は薪で沸かしていましたし、
冬は火鉢に当たって寒さをしのいでいました。

今、一般的な家庭で使われている石油ストーブが登場したのは昭和30年代。
登場してしばらくの間は高級品であり、すぐには普及しなかったようです。
サザエさんのマンガでは冬、波平さんや舟さんがかいまきを着て
火鉢にあたる光景がみられます。

昭和3年生まれの私のバッチャの話では、
昔は家の中には土間があり、土間の炉で薪を焚いて冬を越していたのですが
薪が無くなれば藁を燃やすこともあり、
家の中は煙くてすすだらけだったそうです。
(煙は藁葺きの屋根から抜けていったそうです。)

バッチャの若かった頃の生活用水は全て近所の井戸から汲んでいました。
お風呂のある家も少なく、風呂水も井戸から汲んで薪で沸かし、
近所の人が風呂のある家にお風呂を借りに行くのは当たり前の光景だったそうです。
まるで江戸時代みたい……ということは、江戸時代より前も
生活はそんな感じだったのだと思います。

テレビ放送が始まったのは昭和28年(1953年)で、
車が普及し始めたのはマイカーブームの起こった1970年代なので、
1940年代(昭和20年代)、バッチャが20歳の頃に農作業に使用していたのは
トラクターではなくて牛でした。

炉で火を燃やし、豚と鶏を飼って暮らしていた現在84歳のバッチャと
縄文人は、そう遠くないような気がします。
現代の私たちの生活が急激に便利になってインターネットまで普及する
ようになったのは本当に最近のことであって、
それまで人類はずっと家の中で薪や炭を焚いて暖を取り
寿命も短く、衣類も少なく穴の空いた服を丁寧に繕って着ていました。
娯楽が少なくても問題がないくらい
生きるために必要な仕事がいっぱいあったのだと思います。

それは、厳しくとも喜び溢れる仕事だったと思います。
「縄文人は現代人よりも幸せだったと思いますか?」
この質問に、「思う」と即座に答えたのは、
あの縄文土器のデザインを見たせいです。

あれほど生きる喜びに溢れたデザインは、ないと思うのです。
生活に必要な土器を自分の手で生み出す時、
そこには表現する喜びと子どもがねんどをこねるような
楽しさがあったのではないでしょうか。
思いが形になる瞬間は、喜びもひとしおだったと思います。

冬至の日には、三内丸山遺跡の六本柱の中央を通って太陽が
沈み、ダイヤモンドフラッシュを見せてくれるのだと小林達夫先生が
講演の中でおっしゃっていたのを聞いて、
縄文人は光の方向を計算してあの巨大な栗の柱を建築し、
太陽の光をデザインに取り入れたのだと思いました。

さて、くだんのサザエさんですが。
サザエさんはオープニングのアニメーションで
日本の各地を回って様々な観光名所を紹介してくれることで有名です。
今なら青森県にサザエさんが訪れた際には、
三内丸山遺跡の六本柱に案内したいなあと思うのです。

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プロフィール

山田スイッチ

1976年7月31日生まれ。

しし座のB型。青森県在住コラムニスト。 さまざまな職を経て、コラムニストに。 著書に「しあわせスイッチ」「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版刊)、「しあわせ道場」(光文社刊)がある。

趣味は「床を雑巾で拭いて汚れを人に見せて、誉めてもらうこと」。

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