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連載企画

小山センセイの縄文徒然草 小山修三

第27回 ミズキの謎 2013年9月27日

ふしぎなことに縄文時代の薬に関する論考はほとんどない。考古学は人工遺物の土器や石器のほかに、イノシシ、シカ、魚、クリ、イネなどの食料品を主に取り上げてきた。これらは加工のあとがあるので説明しやすいが、薬となると使用したという確証が見つけにくいのだろう。しかし、世界のどんな民族も何らかの形で薬は使っているのだから、縄文時代にもあったはずだというのがわたしの考えである。

先日、縄文大祭典を開催中の三内丸山遺跡に行ったとき岡田さん(青森県文化財保護課)に会った。「北海道では縄文時代前期の遺跡からキハダが出ているんだね。あれは黄檗(おうばく)、延喜式にも書かれている漢方薬で健胃整腸のために広く使われている。そういえばニワトコは、アメリカやヨーロッパで立派な薬草として扱われているし。」と言ったら、「もう一つ出土例がおおいのがミズキ。とくに神奈川県の羽根尾貝塚(縄文時代前期)からはまるでザルに盛ったような状態でミズキの種子が出土しているそうです。」とのこと。

クルマミズキは日本の山でごく普通に見られる木で、姿がいいので公園や街路の樹としてよく使われ、コケシ人形や下駄の材としても広くつかわれている。

「ウーム、怪しいな、薬じゃないか」とネットで調べてみると、ミズキとはサンシュユ(山茱萸)、漢方では肝臓、腎臓に効くと明快に説明されている。サンシュユも確かにミズキ科なのだが、困ったことに享保年間に大陸から移入された小石川薬草園に植えられたという確かな記録がある。だから縄文時代にあったと言うのは無理だろう。律令制の始まりとともに日本には典薬寮が置かれ、中国の『神農本草経』の薬種が(現在の日本薬局方のように)正式に定められた。それ以来、日本では中国産のものに対応する薬種は何か、同じ効果をもつ植物は何かを営々として探し続けてきた。なければ輸入に頼らねばならないからである。

まわりにあるものを積極的に利用するのが民間薬の特色だからと考えて聞き廻っているが、ミズキを薬としたという話にはまだ出会っていない。ここが植物学、薬種学を志すシロウトの泣き所。縄文のミズキの同定は正しいのかどうか、延喜式に書かれた尾張と近江の山茱萸とは何か、民間薬として使われた記録はないのか、などもっと調べる必要があると考えている。情報があればお教えねがいたい。

縄文大祭典(三内丸山遺跡)

縄文大祭典(三内丸山遺跡)

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プロフィール

小山センセイの縄文徒然草

1939年香川県生まれ。元吹田市立博物館館長、国立民族学博物館名誉教授。
Ph.D(カリフォルニア大学)。専攻は、考古学、文化人類学。

狩猟採集社会における人口動態と自然環境への適応のかたちに興味を持ち、これまでに縄文時代の人口シミュレーションやオーストラリア・アボリジニ社会の研
究に従事。この民族学研究の成果をつかい、縄文時代の社会を構築する試みをおこなっている。

主な著書に、『狩人の大地-オーストラリア・アボリジニの世界-』(雄山閣出版)、『縄文学への道』(NHKブックス)、『縄文探検』(中公 文庫)、『森と生きる-対立と共存のかたち』(山川出版社)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(編著・農文協)などがある。

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