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連載企画

世界の"世界遺産"から

第55回 彦根城下にて井伊直弼を偲ぶ その1 2014年1月30日

京都をはじめ歴史妄想を楽しめる場所は日本各地に多々残るが、なかでも個人的に気に入っているのが琵琶湖周辺である。その緒となったのは、日本酒。全国的にはまだ広く知られていないようだが、滋賀県は旨し酒がいっぱい。背骨は太すぎず程良いふくらみがあり、輪郭は酸が効いていてくっきり名残はすっきり、とわたくし好みの……あ、すいません、話が酔っぱらい方向に。とにもかくにも、美酒散策を重ねるうちに気づいたのが、琵琶湖周辺、とりわけ東岸は歴史妄想ポイントにあふれているということだった。織田信長の安土城、豊臣秀次の八幡城、石田三成とも縁ある佐和山城など、界隈にはかつての城跡が数え切れないほど。で、その先、さらに東に向かい県境をまたいで岐阜に入るとそこは、天下分け目の関ヶ原古戦場跡。その昔、遠い青森で教科書を開いているときには、地理的なことがまったくピンときていなかったのですねえ。ちなみに関ヶ原ラインは、白ねぎか青ねぎか、うどんや蕎麦に入れる薬味が異なる食の分け目としても注目……あ、またまたすいません、ちょっとお腹がすいていて。

琵琶湖の東岸で今なお、当時のままの姿を誇っているのは関ヶ原後の1622年に建築された、彦根城である。三内丸山遺跡同様に未来の世界遺産候補のこの城は、徳川家にとって西の防護壁ともいえる重要な役割を担っていた。天守へと続く石段はでこぼことしており、運動不足の身にはかなりつらい。これは、敵が容易に侵入してこないための工夫の一環である。青空に映える天守内部もまた、鉄砲や矢で攻撃するための小窓が設けられ、しかも階段は65度と、信じられないくらい急なのだ。息も絶え絶え最上階にたどり着けば、琵琶湖が望める素晴らしい眺め。だが、時がすぎるにつれ井伊家の殿様の足は天守から遠のき、ここは物置のように扱われていたのだそうだ。用もないのに、階段をわざわざ昇り降りする必要はない。そう、天下泰平の時代が到来したというワケ。天守が建つ丘の麓、「玄宮園」と名付けられた美しい庭園は、心に余裕が持てる時代に造られたものだ。わたくしにとって彦根城が面白いのは、そんな江戸時代の人々の感覚の変化をリアルに体感できることにある。

そんな城の主、井伊家の殿様でもっとも名を馳せたのは、「桜田門外の変」の井伊直弼であろう。彼が若かりし頃を過ごしたのが、「埋木舎」というこぢんまりした建物。その場所は中堀の外。家を継ぐ立場からは、遙かに遠いポジションにあったことを物語っている。開国に向けての強気な姿勢ゆえか、歴史上の人物としては決して人気が高いとはいえない井伊直弼だが、彦根の町を歩くと次第に認識が代わってくる。そのお話は、引き続き次回に……。

彦根城と優雅な玄宮園。 写真:松隈直樹

彦根城と優雅な玄宮園。
写真:松隈直樹

天守に至る階段。息が切れました。 写真:松隈直樹

天守に至る階段。息が切れました。
写真:松隈直樹

赤い兜は彦根城主井伊家を象徴するもの。 写真:松隈直樹

赤い兜は彦根城主井伊家を象徴するもの。
写真:松隈直樹

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プロフィール

山内 史子

ライター、紀行家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」(小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。2016年6月に「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(小学館)を上梓。

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