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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第12回 「流し目の土偶!?」 2009年2月25日

本県の縄文文化を代表する出土品のひとつにつがる市亀ヶ岡遺跡出土の遮光器土偶-おなじみのシャコちゃん-があります。教科書にも登場する、全国的に、いや世界的に知られている優品といっていいでしょう。


遮光器土偶(レプリカ、つがる市 亀ヶ岡遺跡出土)
通称「シャコちゃん」
 

遮光器土偶(左:青森市 玉清水遺跡出土
右:むつ市 二枚橋(2)遺跡出土)
 

遮光器土偶(青森市 宮田遺跡出土)

左足を欠いていますが、全体の形がわかる数少ない土偶のひとつです。明治20年頃に出土したとされ、長く個人蔵でしたが、現在では重要文化財に指定され、文化庁が保有しており、上野の東京国立博物館に展示されています。

その名前の由来ですが、そもそも遮光器とはイヌイットなどの極北で狩猟をする人達が、冬の間、雪に太陽の光が反射して眼を痛めないように、スリット(幅の狭い溝)が入っためがねを使用しますが、このめがねのことを指します。明治時代にイギリスへ留学した当時の東京帝国大学教授坪井正五郎が大英博物館に展示されていた遮光器を見て、日本の土偶の眼はこの遮光器を付けているとの指摘から、眼の大きい土偶は遮光器土偶と呼ばれるようになりました。現在では、遮光器を付けていると考える研究者は少ないようです。通常、縄文時代晩期に造られた、眼の大きい土偶は遮光器土偶と呼ばれています。土偶は土で造られた人形のことです。

日本の縄文文化の特徴のひとつに土偶があります。大陸にも土で造られた人形はありますが、あまり多くはありません。土偶は乳房や妊娠した状態を示していると考えられるお腹の大きなものがあり、また、明らかに男性と思われるものが見つかっていないことなどから女性を表していると考えられます。何のために造られたのか、その目的にはいろいろな説があります。安産や子孫の繁栄を祈念する際に使われたまつりの道具説、あるいは病気やけがをした同じ部位を壊すことによって痛みや苦痛を取り去るための身代わり説、そして地母神説、などの魅力的な説がありますが、決定的なものはないようです。

昨年末に久々にシャコちゃんを見る機会がありました。俳優の片岡鶴太郎さんを御案内する機会があり、それこそ上から下まで、裏も表もじっくり見ました。その際、今まで気がつかなかったのですが、土偶の顔が少し左側を向いていることに気がつきました。写真ではよくわかりませんが、本物は明らかに少し左側を向いています。なぜなのか、気になって仕方がありません。造る過程で、頭と胴体と接着する時に、少し左側を向いてしまったことも考えられますが、何か意味があるのかもしれません。他の土偶も少し注意して観察、比較してみたいと思います。

じっと正面から見つめられる場合、見つめられる人は一人に限られますが、少し左側を向く、流し目の方がより多くの人々が見つめられていると感じる効果があるのかもしれまません。流し目で多くのファンを魅了した歌手がいたように。遺跡の魅力のひとつは謎がたくさん埋まっていることだと言われます。この土偶にも新たな謎が加わったことは間違いないでしょう。

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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