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連載企画

世界の"世界遺産"から

第58回 光輝く黄金よりも素晴らしきものは……。 2014年5月23日

前回に引き続き、カナダ・ユーコン準州のお話を……。アラスカの東、わずかな先住民が暮らしていたこの一帯が一躍世間の注目を浴びたのは、1896年から始まったゴールドラッシュがきっかけだ。金鉱近くには拠点となるドーソンシティという町が生まれ、欧州から多くの人々が夢を携えて目指した。人口7000人の小さな町は今も当時のままの瀟洒な街並が残り、世界遺産の候補に。4万人の人で賑わったかつては、「北米のパリ」とも呼ばれたというが、現在ですら州都ホワイトホースから車で半日かかる距離。黄金云々以前に、ここにたどり着けるか否かがまず、大きな賭けだったようだ。薔薇色の未来を描いた人々が上陸したのは、太平洋に続く港を持つアラスカのスキャグウェイ。カナダに入るには険しい山道を行かねばならず、しかも冬期にはマイナス40度まで冷え込む氷の世界となる。多数の命が失われたが、それでもなお、黄金の力は人間を引き寄せた。

移動をより安全に効率よく、という目的で1898年に工事が始まったのが、ホワイトホースとスキャグウェイを結ぶ「ホワイト・パス&ユーコン鉄道」だった。標高873メートルの峠とカナダ~アメリカの国境を越える列車は、現在、観光客を乗せて夏期のみ運行している。カナダ側の始発駅は、森と湖が織り成す穏やかな景色が広がるカークロス。ガタ~ンゴト~ンとゆったりしたリズムを刻みながら進むうちほどなく、切り立った岩山に両側を挟まれた。ダイナミックな景色に誘われ、客室からデッキに出た高所恐怖症のお調子者は、隙間から見える深い深~い崖が目に入り足がすくんでしまう。思わず手すりを握ったものの、あまりの冷たさに耐えきれず。8月末の、夏真っ盛りだというのに。線路を支える骨組みのなかには、木造のものもある。鉄橋の下には、激流。氷河から流れてくるこの川に落ちたら、一巻の終わり……。

心底びびりながらも、気の遠くなるような歳月をかけて自然が作り上げた絶景から目が離せない。と、同時につくづく、人間ってすごいなと。黄金という強力な後押しがあったとはいえ、こんな険しい場所に線路をしいてしまうのだから。前へ前へと進んでしまうのだから。とはいえ、列車が開通してまもなく、ゴールドラッシュは下火に。ドーソンシティで当時のバーを見学し、過去の光景を妄想しながら、そんな皮肉な話を思い出す。懐を札束でいっぱいにしてここで乾杯をあげた人もいれば、失意の酒を味わった人もいるのだろう。それでも、必死の思いで冬山を越えた男たちのことを少々羨ましく思う。安定した暮らしか冒険かと聞かれれば、迷った末に欲張りな自分は冒険を選ぶだろう……あっ、だから嫁に行けないのか! いや、結婚もまた、冒険なのか。う~む。

渓谷沿いを走るホワイト・パス&ユーコン鉄道。 写真:松隈直樹

渓谷沿いを走るホワイト・パス&ユーコン鉄道。
写真:松隈直樹

ドーソンシティに残る、優雅なしつらいのバー。 写真:松隈直樹

ドーソンシティに残る、優雅なしつらいのバー。
写真:松隈直樹

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プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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