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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第18回 「今年も縄文の月は丸かった!」 2009年10月5日

先日の9月5日(土)ですが、今年も三内丸山遺跡でお月見コンサートが開かれました。満月の明かりに照らされて、美しい旋律の調べを堪能することができました。このコンサートはNPO法人三内丸山縄文発信の会が毎年開いているもので、今年で11回目となります。


宵待ちフォーラム

毎年楽しみにしておいでになる方々がたくさんおり、定着しています。昨年からは縄文大祭典の中の中心的なイベントとして開催されています。

もう10年以上も前の話ですが、ある日、「三丸で山上進さんの三味線が聞いてみたいと思いませんか?」と企画集団ぷりずむの杉山陸子さんから電話がかかってきました。杉山さんは縄文発信の会の事務局長でもあります。完成して間もない、復元大型竪穴住居でシークレットライブをやってみないかという、実に魅力的なお誘いでした。


コンサートの様子

復元大型竪穴住居は長さが32mもあり、床面積が約90坪と広大なものです。共同住宅、作業所、若者宿、集会所など諸説ありますが、目的や用途は明確にはなっていません。三内丸山遺跡ではムラが出現した当初から少なくとも1棟以上作られており、ムラが最も繁栄する約4,500年前には最大規模の大型竪穴住居が出現していますので、ムラの規模と住居の規模が見事に連動していると言えるでしょう。ムラにとって重要な施設と考えられます。

その施設で自分達のためだけにライブをやりたいとのお話でした。もともと好奇心が強い性格ですので、すぐに「やりましょう」と返事を返しました。しかし、「神聖な場所である遺跡でコンサートとはけしからん」などと、邪魔が入らぬよう、極秘に準備は進められました。そして、とうとうある晩に決行されたのでした。


お月見コンサート(今年も月は丸かった!)

薄暗い夕暮れの中、ぽつりぽつりとうわさを聞きつけた人、声がかかった人たちが集まってきました。そして竪穴住居の中へ。中は本当に真っ暗で何も見えません。どれ位人がいるのかもよくわかりません。月の光も入らぬ暗闇の中で山上進さんの三味線の演奏が始まりました。マイクもアンプもありません。まさに楽器ひとつで勝負することになるわけです。音の聞こえる方には確実に山上さんがいるはずですが、その姿は全く見えません。暗いためか、いつもより五感が鋭くなっているような気がし、音だけではなく、三味線の弦が振るわす空気の振動まで感じられるようで、体中で音というか音の波を受け止めているという感じがしました。三味線に続いて横笛や尺八の演奏もありました。まさに魂が揺すぶられた、涙が自然にあふれてくるような一時でした。でも、終わった後は何とも言えない疲労感を覚えました。ひょっとすれば縄文人も同じような体験をしていたのかもしれないなどと、勝手に想像しながら、家路についたのでした。


昨年度のお月見コンサートの様子

この秘密のライブの数年後、「姫神」のコンサートが大規模に遺跡で開催され、夜間にも関わらず、8,000人を越える聴衆が集まりました。遺跡の持つ可能性を見せつけられたような感がありました。

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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