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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第19回 「進化する遺跡」 2009年11月2日

発掘調査に関するニュースが新聞やテレビで見かけるようになりました。夏から秋にかけて、各地の発掘調査が佳境に入り、新たな発見などの成果が出てきているからでしょう。全国では毎年7,000件を超える発掘調査が行われ、その成果によって地域の歴史の解明が進んでいます。まさに発掘調査が歴史を書き換えていると言えるでしょう。

さて、数多く行われている発掘調査のほとんどは工事等の開発行為によって遺跡が破壊される場合に行われる、事前の調査です。このような発掘調査を記録保存目的の調査と呼んでいます。原則として、発掘調査が行われた箇所や遺跡は調査後保存されることはほとんどなく、やがて道路や建物が建設されてしまいます。

三内丸山遺跡などのように国の特別史跡や史跡は法律によって保護されていますので、整備以外の目的で、遺跡の解体や破壊を前提とした発掘調査が行われることはありません。また、国の許可なく、発掘調査を行うことは出来ませんし、現状を変更する際にも厳しい制限が設けられています。特別史跡や史跡は我が国の歴史や文化の成り立ちを知る上で重要で、国民共有の財産であることから当然の措置と言えるでしょう。

しかし、三内丸山遺跡では平成4年以降も途切れることなく発掘調査が毎年続けられています。国宝に相当する特別史跡であって、厳密に保護されなければならない遺跡で、なぜ現在も発掘調査が続けられ、文化庁もまたその調査を認めているのでしょうか。それは一言で言えば三内丸山遺跡でなければ解明できないことがたくさんあるからだと思います。特に集落の全体像や人間と自然との関わりなどはこの遺跡であればこそ、アプローチが可能と考えられます。縄文文化の解明という重要な任務と責任があるわけです。また、発掘調査技術の向上やそれらの若い世代への継承も大事なことです。調査技術は年々精度があがり、デジタル化も進み、格段の進歩を遂げています。それに対応するためにも発掘調査は必要です。

一方では、現代の私達の思いだけで調査をするわけにはいきませんので、あまり遺跡を傷つけることなく、確実に次の世代に伝えなければなりません。三内丸山遺跡では最小の発掘で最大の効果をあげるべく調査が進められています。目的を明確に持ち、保存を前提にして今日も発掘調査が続けられています。

そして、発掘調査が行われている日は毎日10時30分から、調査担当者が現場で説明会を行っており、発掘調査の最前線を間近に見ることができます。いち早く新しい情報に触れてみたい方は是非とも一度御参加ください。目の前に縄文世界が広がります。


調査担当者による説明会の様子

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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