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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第73回 気まぐれな火の神と縄文の物語 2014年10月3日

浅間縄文ミュージアム壁画火と風の記憶部分

浅間縄文ミュージアム壁画
火と風の記憶部分

土を水で捏ね、火にくぐらせることで新しい姿と機能が備わると人が気づいたのはどのくらい昔のことでしょうか。
柔らかくもろかった土が炎に焼かれると、固く壊れず火を熱に変え煮炊きができ、満々と水を貯めることもできる魔法の器となる。その器に収めたものは乾燥して腐らなかったり、発酵し生まれ変わったりする。
古代の暮らしを革命的に変えた土器の発明は、火の神の偉大な力の表れとして部族の物語に刻まれたのではないでしょうか。

勢いよく燃える炎は子どもたちをはじめあらゆる人の気分を高揚させ、見飽きることのない炎を見つめながら物語は編まれ、変幻自在な火そのもののように姿を変える精霊たちは、森の暗闇にありありと息づいていたことでしょう。
勢いよく火を焚いて祭りをすることは、命と物語の火を燃やすためにも大切なことだったかもしれないと、祭りを失った暮らしの中でふと思います。

水を熱く湧き立たせ、土を魔法の器に変える気まぐれな神は、手をかざすと火傷をするのに、獣や魚を柔らかく安全で美味い糧へと変えてくれる。
焼かれた土偶、焼かれた家屋、焼かれたムラ・・・遺跡から現れ出るそれらのものにどのようないきさつがあったかは憶測の域を出ませんが、姿を変え、滅ぼし、再び生まれさせる炎の魔術に古代の人が特別な畏怖と敬意を持っていたことは確かでしょう。

火の明かりは闇を照らして遠い村に還る男たちの希望の道しるべともなりました。戻るはずの人を思って明々と火を焚いた村人の記憶が今の街にも煌めき続けていることは、震災の後の風景に何より確かです。

その一方 気まぐれな神は大きな痛手も負わせます。御岳山が噴火しました。噴火の熱風がものすごい勢いで山肌を駆け下るまさに自然の猛威。まずは犠牲となられた方々に祈りを捧げたいと思います。

実はその何百倍もの規模で起きたといわれる十和田カルデラの大爆発を三内丸山の縄文人たちは経験したはずです。北日本全域を覆ったその気候変動が火山のせいであったと古代人たちが気づいていたかどうかはわかりませんが、太陽が見えない月日が続き、気温が下がり、焼けただれ火山灰に覆われた土地を多くの人が追われたことが推察されます。

しかし、焼けただれた大地からやがて若芽が吹き出す光景を、数百年の時を計算しながら森を経営していた三内丸山の縄文人たちは予知していたのではないかと私は思います。一人の人間の記憶には長すぎる年月も、部族の一部として記憶を共有したであろう縄文時代の人々には 推し量ることのできる遠大な営みの一部であったのではないかと思うのです。

土器に収められた嬰児の亡骸を見つけるとき、そこにいれておくと新しい命となって甦るのではないかと思った父母の夢は無残には思われません。その幼い命は精霊の世界で遊んだり、青々と茂る数百年後の森を駆けたりもしたのではないかと思います。

時には猛威を振るい、姿かたちを滅ぼす火の神は、しかしどこかで再び命を生ましめる。優しくも怖ろしくも永遠に力を失わない気まぐれな火の神、それを伝え続けた部族の物語を忘れて、自分たちには到底抑えようもない異形の火の神を創りだし野に放ってしまった私たちの世界には、数百年の時を見晴るかす縄文の知恵の物語が再び必要なのではないでしょうか。

巨大なコンクリートの石棺を眺めながら私たちの祖先がどのように物語り、教えてくれるのか。今の日本にそれを聴くべき人がたくさんいることだけは確かです。

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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