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連載企画

縄文遊々学-岡田 康博-

第20回 「北と南の縄文」 2009年12月7日

先日、五年振りに九州の鹿児島県を訪れる機会がありました。鹿児島と言えば、やはり知る人ぞ知る縄文遺跡の宝庫です。錦江湾を臨むシラス台地の上には、縄文時代前半の草創期、早期の遺跡が数多く所在していることが知られています。


上野原遺跡

今回は、鹿児島県立歴史センター黎明館から講演の依頼を受けてのものです。鹿児島県には自然系の県立博物館がありますが、人文歴史系の博物館が黎明館になります。丁度黎明館では特別展「北と南の縄文 三内丸山VS上野原」が開催されており、講演はその中の関連事業のひとつでした。余談ですが、鹿児島と言えば島津、島津といえば篤姫です。そう大河ドラマのあの篤姫です。黎明館には篤姫に関する展示もありますが、放送中も終了後も入館者数は非常に多かったそうです。まさに篤姫効果だったそうです。館内には鹿児島県出身の偉人を紹介するコーナーもあり、それこそ西郷隆盛や大久保利通など、そうそうたる顔ぶれが並んでいました。

 

話は戻りますが、今回の特別展はかなりユニークなものと言えるでしょう。上野原遺跡は、縄文時代早期の集落遺跡で三内丸山遺跡よりも2,000年以上も古く、国の史跡に指定されています。その上野原遺跡と三内丸山遺跡の出土品が対比するように展示されていて、まさに時間と地域を越えた構成となっています。考古学の専門家から見ると、時代の違うものを対比することについて批判はあるかもしれませんが、あらためて両者の出土品をじっくりと眺め、比較してみると面白いことが見えてきます。当然、時代性、地域性は考慮しなければなりませんが、驚くほど良く似ているものと明らかに違うものとがあり、それこそ縄文文化の普遍性と個性をそこに見ることができると思います。「遠く」て「近い」両者の縄文文化といった感があります。


噴火する桜島

縄文文化とは何かを考えるとき、このことは非常に重要な意味を持つものと考えられます。時代や地域を越えても変わらないものにこそ、縄文文化の本質が脈々と受け継がれていることを今回の展示は語りかけてきます。また、三内丸山遺跡の出土品が鹿児島県で展示されるのははじめてのことでもあり、会場は多くの見学者で賑わい、講演会も大変盛況でした。

博物館を見学しているときですが、突然地底から突き上げられるような音が聞こえ、展示室のガラスケースが震えたような気がしました。外に出てみると、桜島から噴煙が上がっているのが見えました。桜島の小噴火です。風向きから火山灰は市内方向へは降らないとのことでしたが、私にとっては当然始めてのことであり、驚きました。

縄文人も間違いなく眺めていた桜島の噴火。自然とともに生きた縄文人はどんな思いで眺めていたのでしょうか。実はこの噴火やそれに伴う火山灰が縄文文化の解明に大きく貢献していることについては、別の機会に紹介したいと思います。

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プロフィール

岡田 康博

1957年弘前市生まれ
青森県教育庁文化財保護課長  
少年時代から、考古学者の叔父や歴史を教えていた教員の父親の影響を強く受け、考古学ファンとなる。

1981年弘前大学卒業後、青森県教育庁埋蔵文化財調査センターに入る。県内の遺跡調査の後、1992年から三内丸山遺跡の発掘調査責任者となり、 1995年1月新設された県教育庁文化課(現文化財保護課)三内丸山遺跡対策室に異動、特別史跡三内丸山遺跡の調査、研究、整備、活用を手がける。

2002年4月より、文化庁記念物課文化財調査官となり、2006年4月、県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室長(現三内丸山遺跡保存活用推進室)として県に復帰、2009年4月より現職。

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