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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第86回 幸福の姿 2016年2月12日

「選択肢が少ないほど、人は幸福を感じる。」と、ある脳科学者が言っています。そう聞いて、納得する光景を思い出しました。「地球家族―世界30か国の普通の暮らし」と題した写真集に載っていた幾つもの光景です。その写真家は、とても面白い試みをしていました。世界中をめぐって、それぞれの国で、その国のごく普通の暮らしをしている家族を見つけて声をかけ、かなり難儀なお願いをします。家中の家財道具一切を玄関の前に並べて、家族とともに写真を一枚撮らせてもらうのです。前書きにはこうあります。「撮影に応じてくれる家族を探し当てるのは、それはたいへんなことだった。」

その苦労は察して余りあります。さしあたり、引っ越しの前の日か、かねてから断捨離を熱望していた家族にでも出会わなければ、誰だってそんな面倒なことはしたくないでしょう。とりわけ、日本人スタンダードな暮らしをする私は、他に違わず、膨大なモノに囲まれ暮らしています。中には、もう数年間見向きもせずに、忘れているモノもたくさんあるはずです。それらのモノを全てさらけ出すことは、忘れていた面倒を思い出すことに他ならず、面倒ばかりかそれを溜めこんだ自分にため息が出て、途方に暮れそうです。

我が身を振り返り、世界中の家族の中で最も多くのモノに囲まれて暮らしていたのはどの国の家族だったか、私には察しがつきました。おそらく我が日本の家族は必ず上位に食い込むであろうと考えていましたが、本当に日本の家族は他の追随を許さないナンバー1のダントツモノ持ちだったのです。その一方、最も家財道具が少ない家族が暮らしていた国は、察しがつきますか?
それはヒマラヤの峰をバックに、おだやかに微笑むブータンの家族でした。

彼らの家財道具は、茶碗ひとつと各自の箸が1セット、お皿と鍋が1つ、寝具らしき何枚かの布、実にそれだけでした。他にも家財道具はありますが、それらは全て祈りのための道具でした。家財道具の九割が、日々の祈りのための道具で、人が自分のものとして持っているのは、ご飯を食べるための鍋と箸と茶碗だけなのでした。
「ああ、、、」と、私は思いました。
ただ、「ああ、、、」と嘆息しました。
来し方を眺め、わが身に取り憑いた物欲や執着心におののく思いがしたものです。

ちょうどその頃は、国民総幸福という言葉が囁かれ、ブータンは世界中に有名になっていましたが、その後、わが国では恣意的にか自然にか、かの国のことを伝えるメディアはほとんど無くなりました。そもそもニュースになるような出来事は少ないであろうブータンについて、私が知っていることといえば、日本と風景がとてもよく似ているらしいこと。東北大震災の直後、本当にすぐに、ブータン国王夫妻が来日して、すぐさま被災地に赴き、そこの小学生達に、実に心に残るお話を聞かせてくれたことくらいです。

ブータン国王のお話については、以前にこの連載でも書かせて頂きましたが、それは物語の力というものを伝える、本当に素晴らしいお話でした。
「人の心の中に住んでいて、その人が経験した気持ちを食べる龍」のお話を聞いた南相馬の子どもたちのことをニュースで見た時、私はあのブータンの家族写真を思い出しました。
深く心の世界を耕しながら、ただ素朴に佇む幸福というものの姿が、龍となって力強く、清々しく立ち現れる物語の終わりに、国王はこう言いました。「あなた方一人一人のなかに生きている自分の龍を、立派に育てなさい。」

実はいらない服やアクセサリーを身につけて、ブクブクに太り、途方に暮れるほど多くのものにとりかこまれた私の幸福の姿。「ああ、、、」なのです。

白く雪を抱く峰々を背に、陽当たりのよい台地の竪穴住居の前で、縄文の一家はやはり、ささやかに満ち足りて微笑んでいたのでしょうか。狩猟採集の民として、猟場や森を巡る暮らしには、身軽さが何より大切だったでしょう。土偶や土器、出土する彼らの家財道具のカケラから察しても、ブータンの人々同様、祈りのための道具が家財道具の殆どを占めていたかもしれないことは、創造に難くありません。

縄文の村と同じように、物語が語られる夜の静けさと暗闇を持ちながらえてきた国、現代人がもはやそれなしでは生きられないと感じるテレビやインターネットを拒否し続けてきた国だけが、 そっと受け継いできた、それは最後の、命ある物語だったのかもしれません。
私がブータンについて聞いた最後の消息は、やがてインターネットのことを知った国民が、あまりに強い要望を突きつけるので、ついに国王がその要望を聞き入れて、世界中の情報に触れ、膨大なモノへの「関心」と「購買欲」への扉を開いたというニュースでした。

絵

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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