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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第88回 無意識の器 2016年5月27日

町家は「無意識の器」だ、建築家藤森照信氏が言いました。茶室や城が、人に見られることを意識して建てられる建築「意識の器」であるのに対して、庶民が暮らしてきた都市住宅、町家は「無意識の器と言わざるを得ない」と、困った顔で氏は述べました。

長屋やアパート等の集合住宅、路地を挟んで肩を寄せ合うように立ち並ぶ家々、古くから世界中にある都市住宅の形状や歴史について、比較研究する建築家らの集まりでのことでした。

町の喧騒の只中で、人々が生まれ、成長し、憩い、時には修羅場ともなり、死を迎える場ともなるそれらの住処には、確かに意識できることばかりでは済まされない、錯綜した無意識の堆積が山のようにあるのでしょう。
「時代と共に進歩したり、新しくなったりしない。何故そんな非合理的なことが衰退せずに在り続けるのかと理解に苦しむことに満ちている。どうしてそうなったのか、
さっぱりわからないことがいっぱいあり過ぎて」研究するにはとても困る対象の代表が町暮らしの家なのだそうです。

例えば、大阪の環状線、天満や鶴橋や、西九条や大正、天王寺には、まさしく無意識の増殖と変転を繰り返したであろう、スゴ技級の住処が林立するエリアがたくさんあります。
高架下、公共水路にせり出すスノコのテラスなどは、天才的な思いつきが実践された結果、寄生的住居拡大に成功している山のような例のひとつです。
縦横無尽なトタン板の使用、物干し台のパラボラアンテナ群から電線電話線の宇宙的絡み合いまで、味のあるヘンな増築が築き上げる芸術的外観、それらが密集する町の風景は、必要に迫られてひねり出した、マメでトンマで人間臭い、泣き笑いの人生そのものに見えてきます。

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私は、ピレネー周辺から北イタリアに残る中世都市に魅せられて、若いときには何度もスケッチ旅行をしましたが、そこにもたくさんの芸術的な町住まいがありました。今のように自在な運搬ができなかった時代に、地産の素材を集めてできた村は、色合いも手触りも臭いも、全てが土地土地の風景に溶け込みながら、それぞれの町が、独自に増殖するような家並みを展開していました。何世紀もの間そこに住み続けてきた人々が 自分たちの経験から見つけ出した知恵と、編み出してきた技術で、手に入るものを用いてつくり出してきた、それはブリコラージュの実践展示でもありました。

赤ん坊の泣き声や夫婦げんか騒ぎの中で、名もない町の人々が、何世紀にもわたって創りあげてきた、生命力そのもののような街並みが見せつける、力強いブリコラージュの精神に私は魅了され、何年もの間、それらの街から街へとヨーロッパをさすらったのでした。
三内丸山の集落に住んだ縄文時代の人々も、数世紀にわたる年月をそこで過ごしたのかもしれないと考えると、彼らが暮らした竪穴住居にも、驚くべきさまざまなカスタマイズの形があったのだろうと思います。山河をくまなく歩き回り、季節を敏感に感じ取った彼らは、土地が提供してくれるものについて我々の数千倍も知識を備えていたことでしょう。
だから当然彼らの家も、土地の素材を縦横に使いこなし、四季を楽しみ、それぞれの集落は際立った独自の風景を創りだしていたはずです。

現代の建築家が「無意識の器」と呼ぶ町家とは規模も条件も大きく違うとは思いますが、人が暮らし続けるときに現出される有機的な力にあふれた現実的な住まい方は「無名の建築家らによる心を打つ作品」を生み出し続けたはずと思うのです。
それがたとえ数千年前の集落であっても、今の考古学研究者が満足しているような、モノパターンで個性のない住居群ではありえないと私は思います。

彼らは無意識だったのではない、「無名の普通の人間たちが創り続けてきた結果」が、「研究」によって系統立てたり、分類したりされることを拒む、唯一無二で複雑怪奇、それこそ真に芸術的な精神が宿る住処の集まりを現出させてきたのではないでしょうか。今も昔も、無名の普通の人間たちの創作を見くびってはいけないと、私はあの旅の中で、肝に銘じたのです。

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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