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連載企画

みっちゃんのおどろ木、びっ栗、森のくらし

第1回 縄文時代はクリ、くり、栗(その1) 2017年6月8日

はじめまして、鈴木三男という、頭が禿げて白い髭を自慢にしているおじさんです。三男とはその通り三男坊です。昔は5、6人兄弟くらいが当たり前だったですね。ということは、上に兄姉がおり、下には弟妹がいて、いつも真中で肩身の狭い思いをしていた三男坊です。そんな三男坊の縄文時代をめぐる話がこのコーナーです。縁とゆかりがありまして、このコーナーで暫くお話をさせていただきます。

旧石器時代は狩猟社会、新石器時代になって狩猟と野生採取の社会に移り変わった、というのが考古学の「常識」ですね。日本列島の新石器文化である縄文時代は旧石器時代の狩猟文化を引き継ぎながらも、狩猟技術の革新があり、更に「野生採集」という要素が加わりました。「狩る」のは非常にアクティブで、獲物を追って常に動き回り、ようやく大物を仕留めた折りにはお祭り騒ぎとなることが容易に想像されます。しかし、「野生採集」となるとイメージされる場面がだいぶ違うのは皆さんお感じになることでしょう。森の中でドングリや栗、トチの実を腰をかがめながら黙々と拾う,という感じですね。しかしこの静かに行われる行為が人びとの生活を一変させたのです。「野生採取」された木の実が縄文人の胃袋を満たし、縄文文化を発展させる原動力となったのです。

氷河時代が終わりに近づきつつあった約15,000年前頃、地球環境は急激な温暖化に見舞われます。それまでの寒冷〜冷涼な気候下で日本列島の大部分は亜寒帯性〜冷温帯性の針葉樹の林が拡がっていたのですが、この温暖化で冷温帯性の落葉広葉樹林に急速に置き換わっていきました。この新しい森の主役はドングリを実らせるナラ類で、その森には縄文社会を一変させたクリも混じっていたのです。

縄文人は早い段階から木の実を食料とするようになったようですが、その中で具体的にいつからクリを利用するようになったのかについて昨年のクリスマスに出版した拙著「クリの木と縄文人」に次の様に書きました。住居跡から出土した炭化材(燃料あるいは建築材?)が約13,000年前、縄文人が加工した木材(利用目的は不明)が約12,000年前まで遡れるのに対し、クリを食料とした痕跡は約10,500年前と、炭化材、木材よりだいぶ遅くになると書いたのですが、本が出てから読者からさっそくご指摘をいただきました。長野県上松町のお宮の森裏遺跡というところから縄文時代草創期のクリの実が出土していて、最近、加速器質量分析法(AMS法)で計った放射性炭素年代は11,000年前という値だというのです。さっそく資料を取り寄せて詳細に検討してみると報告書に掲載されているのはまさしくクリの炭化した「子葉」(栗色をしたクリの皮を剥き、ぼさぼさした渋皮を取り去った、食べられる黄色い部分)で、測定された年代値を暦年較正(放射性炭素の理論的な値を補正したもの)するとほぼ12,800年前という値になりました。うーん、これでクリは木材に加え実の方もほぼ13,000年前から利用されていた事が明らかになりました。縄文人は地球温暖化で落葉広葉樹の林に代わり、その林を作る樹種も入れ替わる中で、いち早くクリの木を見つけ、これを食料とともに有用な木材資源としたのでしょう。13,000年前のクリとの出合いが、その後の三内丸山遺跡や亀ヶ岡文化など、縄文文化を通して支え続けてくれることになったわけです。

図1. 大平山元I遺跡の解説付き復原画(工藤2011より/原画:石井礼子/画像提供:国立歴史民俗博物館)。最古の土器で「煮炊き」をしている様子。「家」は分かっていないので露天での作業にしてある。周囲には亜寒帯性の針葉樹林が広大に拡がっていた。

図2. 「最古のクリの実」を報じた2017年5月2日の新聞記事(中日新聞)。炭化したクリの実(子葉)が発掘されたのは25年前だが最近、加速器分析法による年代測定をしたところ13000年前という非常に古いものであることが明らかになったと報じている。

引用・参考文献
・工藤雄一郎.2011. 縄文時代のはじまりのころの気候変化と文化変化.
・小林謙一・工藤雄一郎・国立歴史民俗博物館(編)「縄文はいつから!?—地球環境の変動と縄文文化」:91-114,新泉社.
・鈴木三男2016. クリの木と縄文人. 同成社.

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プロフィール

みっちゃんのおどろ木、びっ栗、森のくらし

1947年福島県白河市生まれ
東北大学名誉教授


東京大学農学部助手、金沢大学教養部助教授、東北大学理学部助教授、東北大学教授(大学院理学研究科、植物園、学術資源研究公開センター)を歴任。

 専門は植物形態学、古植物学、植生史学、考古植物学。
 遺跡から出土した植物質遺物の形態、組織構造から植物種を同定し、昔の人びとの植物利用についての研究を展開。

 定年後は北海道の東の果てにある標津郡標津町にログハウスを建てて移住。研究を続けながらも大自然の中でトラウト&サーモンフィッシングと様々な北の国の植物や動物にふれる生活を満喫。釣りの腕前はいまひとつ。
 また、三内丸山遺跡発掘調査委員会委員をはじめ、(社)日本植物園協会会長、仙台市杜の都の環境をつくる審議会会長などをつとめ、現在も各地の遺跡調査指導委員会や文化財審議会委員等として活躍中。

 主な著書に、
『植物解剖学入門』(共訳/八坂書房1997)、
『日本人と木の文化』(八坂書房2002)、
『クリの木と縄文人』(同成社2016)、
『ここまでわかった!縄文人の植物利用』(共著/新泉社2014)、
『さらにわかった!縄文人の植物利用』(共著/新泉社2017) などがある。

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