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青森の縄文遺跡群

縄文ムービー本文

特別史跡 三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき) 2017年2月19日
遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

青森市の西南部、JR青森駅から南西方向4kmに位置し、沖館川右岸の標高約20mの河岸段丘に所在します。

縄文時代前期から中期にかけて、長期間にわたり定住生活が営まれた大規模な集落跡で、竪穴住居、成人用土抗墓、小児用甕棺墓、掘立柱建物、盛り土、捨て場、粘土採掘穴、貯蔵穴、道路などが計画的に配置されています。 (さらに…)

史跡 小牧野遺跡(こまきのいせき) 2017年2月19日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

青森市南部郊外に位置し、八甲田山系から青森平野に向かって延びる、荒川と入内川に挟まれた標高約145mの舌状台地上に所在します。 (さらに…)

史跡 大森勝山遺跡(おおもりかつやまいせき) 2017年2月18日
遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

岩木山北東麓の標高約145mの舌状丘陵上に立地する、縄文時代晩期初頭から中葉に造られた環状列石を主体とする集落跡です。 (さらに…)

史跡 是川石器時代遺跡(これかわせっきじだいいせき) 2017年2月17日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

八戸市の南東部、新井田川左岸の大地に所在し、縄文時代晩期中心の中居遺跡、前期・中期の一王寺遺跡、中期の堀田遺跡の総称として是川石器時代遺跡と呼ばれています。 (さらに…)

史跡 亀ヶ岡石器時代遺跡(かめがおかせっきじだいいせき) 2017年2月16日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

亀ヶ岡石器時代遺跡は、津軽平野の北側に位置する屏風山丘陵の先端、標高約4~16mの丘陵上に所在し、西には日本海に面した七里長浜が広がり、はるか南には岩木山を望むことができます。 (さらに…)

史跡 田小屋野貝塚(たごやのかいづか) 2017年2月15日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

亀ヶ岡石器時代遺跡の北側に位置し、谷をはさんで向かい合う標高約20mの段丘上に位置します。

貝塚は全国的に見て太平洋岸に多く分布しており、田小屋野貝塚は日本海側の数少ない貝塚として重要です。 (さらに…)

史跡 大平山元遺跡(おおだいやまもといせき) 2017年2月14日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

陸奥湾に注ぐ蟹田川左岸の標高約25mの河岸段丘上に所在する、縄文時代草創期の遺跡です。

土器は縄文時代の開始とともに出現しますが、土器がいつ、どこで誕生したのかはまだはっきりしていません。 (さらに…)

史跡 二ツ森貝塚(ふたつもりかいづか) 2017年2月13日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

小川原湖の北西岸から西方の内陸に約4km入った標高約40mの段丘上に所在します。

縄文時代前期から中期末にかけて栄えた、貝塚を伴う集落跡で、氷河期が終焉し、海水面の上昇により徐々に列島の内陸まで海水が押し寄せた縄文海進の時代、二ツ森貝塚の人々は舌状台地であるこの地にムラを築きました。 (さらに…)

史跡 長七谷地貝塚(ちょうしちやちかいづか) 2017年2月12日

遺跡概要

-青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室ホームページ「青森県内の国指定の縄文遺跡」より抜粋-

JR東北本線陸奥市川駅の北東約2kmの場所に位置し、五戸川右岸の北側にせり出した台地の南西斜面に所在します。

東北地方においては数少ない縄文時代早期の貝塚です。 (さらに…)

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