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連載企画

縄文のワケ -菊池 正浩-

第34回 災害と縄文人 2011年3月16日

バケツをさかさまにしたような円筒土器。北海道から、北東北にかけて、円筒土器文化が広がっています。これが、大いなる天災をのりこえる縄文人の知恵の結晶だったということをご存知ですか。 (さらに…)

第33回 世界遺産をめざして 2011年2月10日

世界遺産をめざして、縄文のいろんな動きが始まっています。

2月8日(火)には、三内丸山発信の会の「文化庁長官賞」受賞記念の会が、

青森市内のホテルで開かれます。この場で、みんなで今年の「世界遺産をめざす」決意を確認しあうことになります。 (さらに…)

第32回 八代亜紀さんと発信の会 2011年1月19日

「お酒はぬるめの燗(かん)がいい 肴(さかな)はあぶったイカでいい・・・」

八代亜紀さんの「舟唄」は、忘れられない曲です。映画「駅・ステーション」で、主人公の高倉健が、ふらりと入った大晦日の雪深い居酒屋のシーン。居酒屋の女将の倍賞千恵子と、つかのまの恋に落ちます。その居酒屋のテレビから流れているのが、紅白歌合戦の「舟唄」でした。 (さらに…)

第31回 ようこそハマちゃん青森へ 2010年12月28日

釣りバカ日誌のハマちゃんが、青森支社へ転勤になったと聞きました。12月4日発売された最新号をみたら、ハマちゃんは、開通したての東北新幹線でさっそうと、新青森駅に降り立っていました。 (さらに…)

第30回 縄文は日本文化の母 2010年11月18日

毎回、東京縄文塾は、スリリングなお話で盛り上がりますが、

「再発見!三内丸山からのメッセージ」と題した10月29日の回は、またひときわでした。

わたしたちNPO法人縄文発信の会15周年記念と、三内丸山遺跡・特別史跡指定10周年記念として、開かれました。 (さらに…)

第29回 お月見のジンクス 2010年10月19日

9月25日は、恒例のお月見縄文祭の日でした。

台風くずれの低気圧が北上して、天気は雨模様。午後になってもどんよりと曇っていました。この三内丸山遺跡でのお月見は、今年で12回目を迎えます。 (さらに…)

第28回 問いかける土偶 2010年9月14日

この夏、縄文の仲間たちと、イギリスで開かれている「土偶展」を見に行ってきました。

重い腰をあげて、ようやく実現しました。去年の夏、三内丸山遺跡でお会いしたアンドリュー・コックロン博士(セインズベリー日本芸術研究所・研究員)が、こんせつ丁寧に案内してくれました。 (さらに…)

第27回 ケルト文化への旅 2010年8月5日

「ケルト文化と縄文文化は、ユーラシア大陸の西と東のはしの耳飾り」

そんな表現をしたのは、ケルト研究家の鶴岡真弓さん。

去年の9月、三内丸山遺跡のお月見縄文祭でのシンポジウムでのことでした。 (さらに…)

第26回 イヌイトの知恵 2010年7月7日

先日、「東京縄文塾」がありました。

NPO法人三内丸山縄文発信の会の主催で、東京大学で開かれました。 (さらに…)

第25回 「縄文」復活 2010年6月3日

先日の読売新聞の夕刊に、「縄文」復活という記事が載っていました。(5月28日付)

小学6年生の教科書に、「ゆとり教育」のとばっちりで、2002年以来、「縄文時代」が消えていたというのです。「農耕の始まり」ということで、弥生時代からしか記述されなかったといいます。それが、ようやく来年2011年の教科書では、「農耕の始まり」から「狩猟・採集や農耕生活の始まり」と指導要領も改定になり、「縄文」が復活することになりました。 (さらに…)

第24回 体験楽習 2010年5月11日

今年は、平城京遷都1300年にあたります。3月・4月は、「45日間奈良時代一周」という番組でおおわらわでした。今年1年、奈良にかかわることになりそうです。これがほんとの「奈良づけ」(?)といった気分です。 (さらに…)

第23回 土偶は縄文の文化大使 2010年4月14日

引き続き新年度も、どうぞよろしく。

私たちNPO法人三内丸山縄文発信の会の機関誌・縄文ファイルの最新号が届きました。表紙を飾っているのは、亀ヶ岡遺跡出土の遮光器土偶です。 (さらに…)

第22回 五感(five senses) 2010年3月17日

先日、三内丸山遺跡で、五感を使って、縄文土器を楽しむという画期的な試みが行われました。視覚障害者の人たちが、土器に触ったり、土器作りを体験したりしました。
これは、国立民族学博物館准教授の広瀬浩二郎さんと、名誉教授の小山修三さんを中心とするプロジェクトの一環だそうです。 (さらに…)

第21回 土偶のワケ(4)土偶パワー 2010年3月3日

大英博物館8万人。

東京国立博物館12万人。

これは、それぞれで開催された「土偶展」の入場者数です。

今やちょっとした土隅ブームです。 (さらに…)

第20回 土偶のワケ(3)里帰り展 2010年2月17日

現在、上野の国立東京博物館で開催されている「土偶展」は、

実は、大英博物館で開催されたものの里帰り展です。

いま、手元に2冊のカタログがあります。 (さらに…)

第19回 土偶のワケ(2)おなかの線 2010年2月3日

いま上野の東京国立博物館で「土偶展」が開催されています。

あんまり面白いので、2回も見に行きました。

前回ご紹介した鶴岡真弓先生の「渦巻き」と「口」のほかに、気のつくところがありました。 (さらに…)

第18回 土偶のワケ(1)鶴岡先生の見方 2010年1月20日

今、上野の東京国立博物館で、「土偶展」が開かれています。

国宝の土偶3体をはじめ、日本列島の代表的な土偶が勢ぞろいしています。

めったにないチャンスですから、ぜひ足を運んでみてください。 (さらに…)

第17回 冬・聖なる季節のワケ 2010年1月6日

今ごろ、三内丸山遺跡は、すっぽり雪に覆われていることでしょう。

この季節になると、今は亡き民俗学者の大林太良先生が、シンポジウムで言われたことばを思い出します。 (さらに…)

第16回 カゴの歴史 2009年12月16日

パレオ・ラボ(科学分析会社)の佐々木由香さんのお話のつづきです。

10月の東京縄文塾でのことです。

前回ご紹介したように、タケがまだ日本列島に入ってきていない縄文時代、縄文人は、ワラビの繊維を使って、カゴを作っていた可能性が大きいといいます。そのあと、さらに、興味深いお話が飛び出しました。 (さらに…)

第15回 ワラビが注目されるワケ 2009年12月2日

「考古学者は、(土器を探して)下を見る

植物学者は、(樹木をあおいで)上を見る。

わたしは、中間の植物に注目したい。」

そう語ったのは、佐々木由香さん。

先日の東京縄文塾でのこと。 (さらに…)

第14回 縄文の丘の見直されるワケ 2009年11月18日

ひところ、中沢新一さんの「アースダイバー」という本が、話題になりました。

現代の東京に、縄文の面影を探って歩くというとても新鮮な内容でした。

当時は、縄文海進といって、今より温暖なため、海岸線が高く、海が内陸に入っていました。そのため、縄文の遺跡は、だいたい小高い丘の上にあります。 (さらに…)

第13回 英語のワケ 2009年11月4日

三内丸山縄文発信の会が誕生して、その機関紙「縄文ファイル」を毎月発行することになりました。

小山修三先生(現・国立民族学博物館名誉教授)のアドバイスで、英語の訳をつけました。

なぜ英語なのでしょうか? (さらに…)

第12回 発信の会のワケ 2009年10月21日

三内丸山遺跡がいち早く話題になった1994年の翌年のこと。

「あおもり草子」などユニークな地元情報誌を出している杉山陸子さんから、声をかけられました。三内丸山の市民の会をつくりませんかと。 (さらに…)

第11回 お月見のワケ(その5)仮面づくり 2009年10月9日

今年で11回目をむかえた三内丸山遺跡でのお月見縄文祭。

いつのころからか、お月見コンサートの前に、ワークショップを開催するようになりました。

最初は、縄文太鼓を創作した宮崎龍美さんにおいでいただき、イタドリの笛作りをしました。そのとき、参加者全員で、小石を打ち合わせ、リズムを取ったときの子どもたちのイキイキした表情が忘れられませんでした。 (さらに…)

第10回 お月見のワケ(その4)今年のお月見 2009年9月28日

今年のお月見縄文祭は、9月5日(土)、三内丸山遺跡で開催されました。

最初は、雲がかかってやきもきさせられましたが、夜6時から始まったお月見コンサートの半ば、7時過ぎから、月がしっかり顔を出してくれました。 (さらに…)

第9回 お月見のワケ(その3)三遺跡ツアー 2009年9月9日

大湯環状列石にて

これまで、10回くりひろげられた三内丸山遺跡でのお月見で、忘れられないのは、2002年第4回のときです。この年は、東北三遺跡を3夜連続でツアーしました。 (さらに…)

第8回 お月見のワケ(その2)悠久なるもの 2009年8月26日

1999年の三内丸山遺跡でのお月見の感動が忘れられず、毎年お月見を重ねて

今年で、11回目を迎えます。今年は、9月5日(土)の予定です。

なぜこれほど、縄文遺跡でのお月見にひきつけられるのか?

最初の年に、「縄文ファイル」に寄せた私の一文をご紹介します。 (さらに…)

第7回 お月見のワケ(その1)そもそも話 2009年8月12日

今年も、9月5日(土)に、三内丸山遺跡で、お月見縄文祭が開かれます。

三内丸山遺跡で、お月見するようになったのは、いまから11年前です。

月を見るのは、遺跡でも、街でも同じではないか思われるかもしれませんが、これが大違いです。 (さらに…)

第6回 縄文の「風水」のワケ 2009年7月29日

このイラストをご覧ください。縄文マンガ家のさかいひろこさんの作品です。

ここは、どこだと思いますか?

実は、九州南部の縄文遺跡・上野原です。 (さらに…)

第5回 縄文列島のワケ 2009年7月15日

三内丸山遺跡が、話題になった1994年の数年後、九州南部・鹿児島県で縄文の遺跡が発見され一躍注目されました。上野原遺跡です。
それまで、九州は、吉野ヶ里遺跡など弥生の遺跡は知られていましたが、縄文の立派な遺跡が出土することは、きわめて珍しいことでした。 (さらに…)

第4回 「8000人のワケ(その2)司馬遼太郎さん」 2009年7月1日

1994年夏、三内丸山遺跡で開かれた現地説明会に、2日間で8000人のひとが集まりました。作家の司馬遼太郎さんに、このことを報告すると、こんな手紙をいただきました。 (さらに…)

第3回 「8000人のワケ(その1)」 2009年6月17日

三内丸山遺跡が、これほど話題になり、注目されたワケは?
今回は、そのことについて、考えてみたいと思います。 (さらに…)

第2回 「縄文のお酒のワケ」 2009年6月3日

縄文人はお酒をのんだのか?

のんだとしたら、どんなお酒だったのでしょうか?

これは、三内丸山遺跡が話題になったときから、わたしたちの最大の関心のひとつでした。 (さらに…)

第1回 「こころ縄文人のワケ」 2009年5月20日

はじめて「こころ縄文人」ということばを聞いたのは、2000年1月、東京縄文塾のことでした。縄文塾というのは、わたしたちのNPO法人・三内丸山縄文発信の会が、定期的に開いている勉強会です。 (さらに…)

プロフィール

菊池 正浩

執筆者一覧

番組プロデューサー。

NPO法人・三内丸山縄文発信の会会員。 1946年生まれ。青森県弘前市出身。早稲田大学卒業。NHK入局後、美術・歴史番組を担当。 1994年NHK青森放送局で大集落発見直後の三内丸山遺跡を紹介。

その後、東京で NHKスペシャル「街道をゆく」「四大文明」 「日本人はるかな旅」「文明の道」などを担当。

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