世界遺産「古都京都の文化財」のひとつ、京都の金閣寺こと鹿苑寺を35年ぶりに訪れた。高校の修学旅行ルートに入っていたのは確かなのだが、歳月のせいか、あるいは当時、銀閣寺派だったためか、はたまた切ない老化現象なのか、そのときの記憶がまったくない。銀閣寺を贔屓にしていたのは、足利義政や東山文化が云々というアカデミックな礎あってのことではなく、キンキンキラキラよりもわびさびが渋い……ような気がした、薄っぺらい理由なのがお恥ずかしい。
その後、大学受験の頃に三島由紀夫にはまったものの、「金閣寺」ではなく「豊饒の海」の方に魅せられ、同じ世界遺産でも遙か遠くにあるバンコクのワット・アルンへの思いを募らせていた。やがて教科書以外の知識を少しずつ積み重ねるうち、やりたい放題といってもいいくらい我が世の春を謳歌した足利義満の生涯が面白くてたまらなくなった。さらには、ベストセラーとなった呉座勇一氏の『応仁の乱』(中公新書、2016年)に背中を押され、今さらながらの再訪である。
往路のバスや周辺の道路は、外国人観光客で大混雑。その人気を嬉しく思いながらも、正直なところ、わざわざ来たのに拍子抜けの再会になるのではと不安を抱えつつ、いざご対面。果たして、眩しい金色、空の青さ、木々の緑とのコントラストに感無量。圧巻の美しい眺めを前に、しばらくぼんやりと妄想にふけった。
そう、この金閣寺は妄想をたっぷりと堪能できる場所なのだ。義満亡き後、多くの建物が失われ、残ったのが舎利殿だった金閣。往時はどれほど煌びやかな世界が広がっていたことか、と想像を巡らせる愉しみがある。義満の寵愛を受けた世阿弥が、後小松天皇行幸の際にここで能を舞ったというエピソードも、めまいがするほど麗しい。応仁の乱では西軍の本陣だったことを思えば、殺伐とした景色も胸をよぎる。まかり間違えば戦火にまきこまれていたかもしれないと、感慨がこみあげた。
それと同時に、ほんとうは興味深かったであろうガイドさんの話を、右から左へと流していたことが悔やまれた。清水寺や天龍寺、奈良の東大寺など、修学旅行の思い出(みたらし団子以外、霧のなかなのだが)を上書きしたい欲望が、今はふくらんでいる。皆さまも、かつての道のりをたどってみてはいかがだろうか。必ずや、発見があることと思う。夜は美味美酒という、高校生には許されなかった愉しみも待つ……。
なにはともあれ、皆さまの2018年が金閣寺同様、キラキラと輝く素晴らしい1年になりますように。
どうぞ、良いお年を。

絶好の撮影日和に恵まれた金閣寺訪問。
写真:松隈直樹