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連載企画

だびょん縄文

第19回 有楽町に三内丸山がやってきた 2020年2月19日

先月、東京で開催された「北海道・北東北の縄文遺跡群」世界遺産登録推進フォーラムに行ってきた。
初めて参加したのはいつ頃だったろうか。三内丸山遺跡について東京でも聴いてみたい、久しぶりに友人と会い、たわいもない縄文を語り合うのが楽しくて、回を重ねていったような気がする。
地元紙では「世界遺産推薦で人気上昇!? 申し込みは800名を超えた」と書かれていたが、その記事のとおり、会場に通じる小さなエスカレーターは長蛇の列で係員の誘導付き、エントランスにも人、人、人。若い女性や小学生もチラホラ見えたのは今までなかった光景で、やはり世界遺産推薦効果なのか。この熱気が青森に届いてほしい!そしたらどんなに勇気づけられることか。
青森県知事がビデオメッセージで世界遺産応援とフォーラム参加のお礼を述べた後、スーツをぱっと開くと上着の裏地に遮光器土偶と板状土偶、そして背中にも土偶たちの絵が。「初公開です」と自慢げの知事の笑顔に会場の雰囲気が一気にあかるくなる。

文化庁文化財調査官の西川英佑氏は、世界遺産の仕組みや近年の世界遺産委員会での議論を紹介された。ともすれば、登録だけが注目されがちだが決してそうではなく、戦争や環境の変化で危ぶまれている遺産をどう守るかということも議論されているという。
世界遺産登録推進会議座長の岡田康博氏は、17の遺跡は文化的、社会的、機能的に結びついていると話され、それぞれの遺跡の紹介と特徴をスライドで話されるとお隣の方は食い入るように見つめていた。「えつ、そうだったの」と忘れてしまっている内容もあり、繰り返し繰り返し、耳にタコができるまで聴いて、身体中に摺りこまなければと思った。
「ぜひ!現場に足を運んでいただければ、、、」のフレーズと充実感で満たされたような、そんな雰囲気でフォーラムは終わった。会場からは「良かった」や「骨に触れたよ」、「本物の土器を持ったよ」と少し興奮ぎみの声も聞こえてきた。三内丸山遺跡から出土した土器や石器の出張展示は大好評で、「本物」が持つパワーを改めて感じる。
2021年は三内丸山遺跡をはじめ縄文遺跡群にとって特別な年になりますように!また有楽町で会いましょう。

大好評の本物に触ろうコーナー

今、三内丸山遺跡で企画展「三内丸山ムラが一番おおきかったころ」新しいウィンドウが開きますが開かれている。
ムラのいろいろな施設の充実、竪穴建物の数、各地から運びこまれた交易品などをパネルや遺物で紹介している。
普段、案内する遺跡は繁栄した時期の三内丸山である。しかしこの展示は三内丸山出現期から繁栄期、充実期そして終焉期のムラの姿、そして近くに存在するムラとの関連性にもふれている。点から面の展示である。繁栄するもいつかは終わりがあるように、三内丸山も終焉を迎える。終焉のムラの様子にショックを受ける。寒冷化によって起きた変化に対応できないほど都市化していたのだろうか。温暖化問題に直面している現代にも通じるものがあるのかも。縄文時代ってシンプルで単純だと思っていたが以外と複雑な社会だったのではと考えてしまう。

2019年の発掘調査速報展も開催され、貴重な遺物が展示されている。焼けた建物跡には細いストローのような植物が束になっていたり、太いストローのような植物が並んでいたりしたという。これほど良い状態で見つかるのはあまりなく、貴重とのこと。これらは屋根材、壁材、敷物の可能性がありますと。今、どんな植物か精査中で、3月14日の「遺跡報告会」でお話できるかもしれないとの担当者の話に、まだ1ヶ月先なのにまちどおしい。

三内丸山1700年の歴史を知りたい方は、この二つの企画展は必見です。その時は専門職員による土日祝開催のギャラリートークに参加することをお勧めします。
冬の三内丸山遺跡をぜひご堪能ください。

小学校の時から疑問だったのがやっとわかったよのポーズ

 

長靴でバッチリ決めて、笑顔の縄文家族

プロフィール

だびょん縄文

主婦 三内丸山応援隊ボランティアガイド歴23年
青森県立郷土館協議会委員 じょうもん検定上級合格者

三内丸山遺跡でガイドをして縄文遺跡に魅せられ、
全国各地の遺跡を訪れ、ますます魅せられ、
正真正銘の縄文ファンとなる。

「青森県民は三内丸山遺跡で元気をもらい、今ももらい続けています。
だから100年200年後の人たちに世界遺産という大きいリボンをつけて贈ることが今の私たちの任務だと思い、日々活動しています。」

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