ホーム > 連載企画 > 第16回 小牧野遺跡の再葬墓-縄文時代の特異な葬法-

このページの本文

連載企画

FAN FUN! JOMON FAN!!

第16回 小牧野遺跡の再葬墓-縄文時代の特異な葬法- 2020年3月19日

春のお彼岸の季節となりました。青森のお彼岸は、雪のため墓参りは難しいのですが、今年は記録的な暖冬により、墓参りに行けそうな気がします。墓地には、「先祖代々の墓」などと墓石に刻まれており、遺族は節目ごとに墓参りに訪れるのが一般的だと思いますが、近年ではライフスタイルの変化により、「墓じまい」や「合葬墓」などが増加するとともに、「納骨堂」や「散骨」など墓以外での供養をする人が増えたことで、郷里の墓参りに訪れる人が少なくなってきているようです。

このように、「墓」に関する考え方や「遺骨」の取扱い方は、社会の変化や時代とともに変遷してきましたが、縄文時代にも、一般的な「土葬」に加え、「再葬」という特異な風習が縄文時代の後半にみられるようになります。
「再葬」とは、遺体を土葬や風葬など何らかの方法で骨にした後、「土器棺」などに納めて再び埋葬する葬法のことで、縄文時代中期の終わりから後期前半にかけて、青森県を中心とした東北地方北部に多く見られます。

縄文時代後期前半の小牧野遺跡では、これまでに4基の土器棺墓を検出しました。いずれも環状列石内からの出土です【図1】。

【図1】小牧野遺跡の環状列石と土器棺墓の位置

 

第1号土器棺墓は、平成元年度の青森山田高等学校等の調査により検出したもので、内帯と外帯の間に位置し、3個体の土器を組み合わせて一つの土坑に埋設されていました【写真1】。出土状態は、大型壺形土器の口縁から胴下半にかけてV字状に土器を壊し、その内部に中型の壺形土器上半部、さらにその口縁部には逆さにした浅鉢形土器を被せた状態で埋設されていました【図2】。つまり、棺身となる器高57㎝の大型壺形土器の中に人骨を入れた後に、壺形土器をその人骨に被せ、浅鉢形土器で蓋をするという手の込んだものでした。

 

【写真1】第1号土器棺墓の出土状態

 

【図2】第1号土器棺墓の出土状態
模式図

 

 

【写真2】第1号土器棺墓の構成土器

 

第2号土器棺墓も平成元年度の調査で検出したもので、内帯と外帯の間に位置しています。2個体の土器から構成されており、底部を欠いた大型深鉢形土器の下に、別個体の深鉢形土器の破片が敷かれていました。棺身となる大型深鉢形土器は、口径30㎝、器高35㎝を測ります。

第3号土器棺墓は、昭和47年8月に収集家により発見されたもので、第1・2号土器棺墓と同じく、内帯と外帯の間に位置していたようで、土器棺上部には配石があったとのことでした。この土器棺は大型壺形土器で口径19㎝、器高47㎝を測ります。

第4号土器棺墓は、平成16・17年度の調査により環状列石第7号特殊組石の中心から検出されました【図3】。土器棺は口径17㎝、器高52㎝を測る大型壺形土器を使用しています。特殊組石の構築面とほぼ同じレベルで口縁部やその付近が潰れた状態で出土しました。

【図3】第4号土器棺墓の出土状態

 

ここで特筆されるのは、出土状態が明らかとなっている3基の土器棺(第1・2・4号)が、埋設時には完全に埋まってはおらず、胴上半部や肩部あるいは口縁部が露出していた可能性が高いことです。
こうした状況を考慮すると、埋設された土器棺は、軽便な上屋などの上部施設が存在し、遺骨の状態を観察できる状態であったのかもしれません。
なお、これらの土器棺は、「縄文の学び舎・小牧野館」に展示されていますので、是非、ご覧ください。

【写真3】左から第2号、第1号、第3号、第4号土器棺

 

(児玉大成:青森市教育委員会事務局文化財課)

プロフィール

FAN FUN! JOMON FAN!!

祝! 世界遺産推薦候補選定!!

世界文化遺産登録をめざす「北海道・北東北の縄文遺跡群」について、各遺跡の担当者が青森県内の構成資産を紹介します。
自慢の逸品の解説や発掘調査のエピソードなど、現場が伝えたい縄文の魅力や遺跡ならではの楽しみ方をたっぷりご紹介! 遺跡に行きたくなること間違いなし!!
どうぞお楽しみに!!

本文ここまで