円のなかに閉じ込められた小さい宇宙の話をしませんか?
この精巧な円の造形で耳を飾った人々がいました
耳は音をとらえて身体の内と外なる世界をつなぐ
とらえられた音はおおらかに、不可解に、身体の内でイメージの像を結ぶ
目がとらえるものよりは はるかに入り組み重なり合い
しかも次々と姿をかえる
たとえば灯のない新月のむかし
風もなく、鳴声もない静謐な夜の暗闇でさえ
小虫の羽音、ガマの歩み、両者の出会い・・・一瞬の休みもない生の営みを
とらえる耳を 縄文の人々はもっていたに違いありません
その耳は教えたでしょう
神秘の気配に溢れて 世界は休むことなく変転していると
灯のひとつも無い 漆黒の闇に身をおくとき
目は用をなさず
鼻腔と、耳と、皮膚にかかる感覚のみが 自分という領域をとらえ
魂が 外界にぬけ出してしまうことを警告し
身体に囲われた自分という存在を 保証するものだったとはいえませんか?
その境界を取払えばすなわち 内と外の世界が融合し
魂が時空を自由に往き来する トランスの混沌があったのでしょう
自分の存在もが変転の只中に身をおく そのとき
ひと、樹、獣、鳥、魚・・・そして精霊
きょう、きのう、記憶・・・そして夢
幾重にも重なりあう 時空のかなめで
この飾りはそっとゆれていた
ご覧なさい
完結した円という循環の中に
微妙に食い違う対称の空間が見えるでしょう
上下にも左右にも
完全なバランスを保ちながら同じではない
対称であり非対称でもある
上が下に、下が上にねじれて
内のはずが外になる
表のはずが裏になる
例えば一本の樹の陰と日向、夜と昼
山と渓谷、雨と日照り
誕生と死別
狩るものと狩られるもの
与えるものと与えられるもの
美しく円の中に配されているのは「世界」
私たちをかたちづくり、とりまき、交錯して変転する
縄文時代の人はそれほど深く 世界を理解していたということが
この飾りから見えはしませんか?
安芸 早穂子 HomepageGallery 精霊の縄文トリップ