勤め人時代、イギリス人の上司が心筋梗塞で倒れ、救急車が呼ばれたことがある。かろうじて意識はあったっため、救急隊員の方が日本語で「イギリス人ですか?」と尋ねたところ、「いや、スコットランド人です!」ときっぱり。たとえば海外で誰かに「日本の方ですか?」と聞かれ、「東北出身です!」「青森県民です」、はたまた「No, I am a Jomonjin!」などと答えるような感覚である。彼が元気に復活したからこそ笑い話になったが、なんたるじょっぱり。とはいえ、命に関わる状況においても出自を誇る彼を微笑ましく思い、一気に好感度が上がったのを覚えている。
スコットランドは、イギリスの北部。首都エディンバラの旧市街は、世界遺産に登録されている。その要、切り立った崖の上に建つエディンバラ城の姿は、スコットランドの景色の典型といっていいだろう。イギリスといえば緑の丘がゆるやかに広がる田園風景を想像なさるかもしれないが、北に向かうと様相はがらりと変化。うっすらと草に覆われただけの岩山が織り成す、ダイナミックな景色が続く。合間には深い森や、ネッシーのネス湖をはじめ静かに佇む湖があり、人智の及ばない神秘を感じるほど美しい。眺めを肴にスコッチ・ウイスキーをぐびぐびやれば最高の気分だが、一方で素人目に見ても実り豊かな土地ではないのはわかる。しかも、過去を振り返ってみれば、スコットランドの歴史は血にまみれた戦いの連続。隣接するイングランドとの争いや、権力や宗教をめぐる内紛が絶えず繰り返されてきた。1707年にイングランドと統合されてからも、また然り。
そんななかで独自の文化を守り通してきたスコットランド人の美徳は、耐えること。耐えに耐え、実現したのは、1999年の議会復活である。300年ぶりに、自治への舵が切られたのだ。ケチだの野蛮だのと、イングランド人からは馬鹿にされることも多いが、そんな欠点を打ち消すほど、大らかで陽気な性格も際だっている。独特の明るい気質は困難を経たからこそ育まれたものであり、不屈の精神を支えたと思うのだ。
東北もまた、耐えに耐えてきた。そして、スコットランド同様の不屈の精神が培われてきた。この年になって、青森や東北の素晴らしさが身に染みてよくわかる。単なる郷愁ではなく、多少なりとも経験を重ねたがゆえの理解である。だからこそ、自分の故郷を誇り思う。スコットランド人の上司のようなマネはできないかもしれないが、その火は最期の最期まで絶やしたくない。いつまでも、わたくしはじょっぱりでありたい。