「彼女は今日も来る 俺の墓に 長い黒いベールをつけて・・・誰にも知られずに 泣くために そうだ それを知っているのは俺だけさ」
(Long black veil)
田舎のパブでは全員が常連客なので
各人が座る席も決まっている
「魂のぬけた足でほっつき歩く、見知ったアーケード、通いつめた酒場…俺をまだ逝かせないでくれ 俺がこの世に置いてきちまったものは 何なのかって まだ探してるんだ…」
(Don’t let me die still wondering)
朗々と美しく、あるときは底抜けに明るく、くったくのない調子で、墓場をうろつく幽霊の唄が、残した恋人を慕う死者の唄が歌われる。
・・・この国では、パブで演奏される音楽に酔い、歌い、飲んだくれて、千鳥足で帰る家路は、幽霊と肩を組んで歩くのだろうな・・・と思う。
酒樽の上にのったりしてこうして踊っていました
彼らにはアイルランド人の血も流れているのです・・・
「・・・いいか、言っとくぜ!俺を葬るときは 二度埋めなおせってな!埋められたって俺はやすやすとは眠っちゃいられないんだ! だからこうして今もさすらいながら 探しつづけてるんだよ…おれが この世に置き去りにしちまったものは いったい何だったのか・・・」
(Don’t let me die still wondering)
相容れない隔たりの向こうの世界から、言葉なく発せられる問いかけ。
その「向こうの世界」を垣間見る眼差しを持ちあわせる者だけが それを空耳に聞く。
この世と同じに いらだち、哀れみ、いとおしむ存在が、思いを、胸のたけをうちあける。
誰にも聞こえない声で。
それを聴いた人々は 誰に語るともなく 歌にして風にかえす。
すみっこで静かに飲んでいた楽師たちが
やおら演奏を始めるのです
あの世に行ってからも 後悔したり、自嘲したり、愛したものを案じたり、親友に腹をたてたりしながら、こちらの世界に向けられている幽霊の眼差しは 精霊のそれと同じだ。
からりと明るく、あるときはしみじみと魂を打つ旋律、美しくも悲しい詩。
太鼓とフィドルの音色にあわせて奏でられるイーリアンパイプやティンホイッスルが それらを風にして原野に返す。
草原のなかの一軒屋のパブで 今宵も音楽が始まる。
気取らない普段着の人間が二つの世界を行き来する 真に迫る物語が はじまる。
Last night she came to me,
My dead love came in
So softly she came
That her feet made no din
As she laid her hand on me
And this she did say
It will not be long, love,
‘Till our wedding day
昨日の晩 彼女がきたんだ
僕の死んでしまった恋人が
あんまり静かに入ってきたので
足音も何もしなかった
そして彼女は僕の上に手をおいて
こう言ったんだ
ああ、私の愛しい人
もうすぐ私たちの婚礼ね・・・と
安芸 早穂子 HomepageGallery 精霊の縄文トリップ