総合地球環境学研究所・・・・ってインパクトがある名称と思いませんか?
私が初めて伺ったときは、まだ施設ができてなくて、その一部は京都市内の廃校になった小学校にありました。古い木造校舎の階段を登って 怖そうな理科室の前を通り、ある教室に入るとそこには!お~っ!ハイブリッドなオフィスに最新式のコンピューターがズラリ・・・どちらかというと地球防衛軍の秘密基地でした。
やがて京都北山の杉林の斜面に、リゾートロッジのような瀟洒な木造建築が完成。総合地球環境学研究所は、その名のとおり環境との共存を希求する近未来型エコオフィスの外観を呈しているのです。
ここには多くの外来研究員も滞在していて、地球環境の過去と未来にかかる多様な研究活動を行っています。そのなかで 内山純蔵先生を中心に「景観考古学」という研究プロジェクトを進めるグループ NEOMAP があります。
GIS(Geographic Information System 地理空間情報システム)を使った考古学データ解析の技術者をはじめとして、考古、歴史に留まらず、民俗、社会、哲学などの多様な研究者の視点をクロスオーバーに配して、日本海と東シナ海を内海とした古代から現代、未来の東アジアの景観イメージを探求しようとする、こちらも未来的な考古学の試みです。
眼を転じて、あまりにも多くのものが喪われた今回の大震災です。瓦礫処理も思うに任せないと伺っています。そのようななかで「復興」を目指す方々は、胸突き八丁の峠を越えてようやく見渡せる広々と平和な風景のような、「未来の故郷」の風景を心に描いて、日々一歩ずつ進んでおられるのではないかと察します。
その未来の故郷の風景について、私には、ひとつの思いがありました。神戸で見かける、安全だけど、綺麗だけど、どこも同じ顔をした「防災」「復興」の町並み。画一化された現代の風景に凌駕される以前の「故郷の風景」を、ここに再建しようとすることはできないのか?それは非効率的な理想にすぎないのかな? という問いでした。
景観考古学は その問いに何か具体的な答を与えてくれそうな気がしています。
五月、内山先生が松島湾を中心とする被災地においでになったことを伺っていました。そこで先生が受けられた衝撃を物語るように、その後すぐにNEOMAPメンバーで日本滞在中だった若い外来研究者たち全員が「心に刻んでおくべき風景」を見て来い と仙台空港に送り込まれました。
オランダ、イギリス、ロシア、アメリカ、ペルー、韓国 など様々な国から来て、様々な研究目的で滞在していた彼らですが、「景観」と「人間」の関係から歴史を見渡してみる という視点は共通。この「未曾有」の風景を見ておくことが若い研究者にとっても未曾有の経験になることは確かでしょう。人のことなど決して言えない脆弱なこの私ですが、とにかく内山先生 エライ!
その後、京都に帰った彼らから報告を聴く緊急ミーティングがありました。オランダから来た人は自国の洪水危機に重ね合わせて、ペルーから来た人は集落のコミュニティーに目を向けながら、またある人は残される記憶のモニュメントを探して、短いながらも重みのある真剣な発表と討議がなされました。
私のように研究者の方々の周辺をうろついて、耳学問のうろ覚えから古代の人間の姿だの日々の暮らしだを思い描いている者は、発表のそこここに人間臭い情や本能が垣間見えるとかえって安心して、人間も捨てたものじゃない などと思います。
自分と、自分が存在する世界の抜き差しならないリアルタイムの拮抗に立ちすくむ・・・・研究素材のモノと記録が壊滅的に喪われた風景の中で、若い研究者たちが頭ではなく心に刻んだものが 今すぐにではなくても、この先の彼らの研究生活に大きく影響していくことを期待したいと思いました。
「未来の故郷」 その言葉を書くとき、私にはあの古い木造の小学校に仮住まいしていた頃の地球研 研究室が浮かびます。階段を登る足音や手すりの肌触りから、自分の子ども時代が懐かしくよみがえるあの空間で 最新鋭の、最前線の技術や研究が行われている・・・・故郷の風景は古い里の風景だけとは言えません。むしろこれからは都市ではない安全快適な住処、人が住み続けてきた懐かしい山河のなかにある「未来の故郷」を、世界中の人が求めていくのではないでしょうか。
安芸 早穂子 HomepageGallery 精霊の縄文トリップ