平成23年初夏のある金曜日の夕方のことです。三内丸山遺跡の北盛土から出土した膨大な土器の破片を次から次へと、ひっくり返して観察していたところ、奇妙な白っぽい土器のカケラが目につきました。一見して、縄文人によって意図的に絵画のようなものが描かれていることは理解できました。しばらく上下左右にまわしながら、さまざまな角度から観察したところ、とても珍しいことにそれが人物を描いたものであるらしいことがわかりました。
この「人物」の詳細な観察を行い、図面に写す過程で、「人物」について様々なことがわかってきました。まず、このカケラは縄文時代中期後葉の約4,300年前の土器であることがわかりました。描き方は縦8㎝×横6㎝の土器のカケラに、縦4㎝・横3㎝の「人物」が描かれていました。縄文をつけた後に、幅3mmほどの浅い線で土器本来の模様を施し、その後、幅1mmほどの工具で、ほとんど描き直しをせずに描かれています。
ヒトのカタチですが頭・胴・手・足の表現があります。頭の上には、細長いなんらかの表現が見られます。右手を上げ、膝を曲げて、足を広げてしっかりと立っているようです。また両足先はクルリと上を向いており、靴を履いているようにも見えます。右腕側にクランク状のカタチがありますが、何か持っているようです。
土器への線描きの絵画表現は、北海道函館市の臼尻(うすじり)B遺跡で約4,200年の例が知られます。横から見たシカと落し穴とも考えられそうな楕円形のカタチが描かれており、「シカ猟」のシーンを描いた可能性があります。
またヒトのカタチを線で土器に描いたものは、極めて少ないのですが、約4,000年前の岩手県の内陸部で出土していることがわかりました。それらを見ると、左右対称の人物像が多いようです。それに比べると、当遺跡の資料は左右非対称で、なんだか楽しく踊りでも踊っているかのように、私には思えてしまいます。
専門家である岡村道雄氏は、『人物頭部の長い線は、岩手県でも数例見られるように北方民族のシャーマンが着装する鳥の羽根飾りではないでしょうか。「マツリの道具を持ち、頭部に羽根飾りを付け、靴を履いて祈り、踊るシャーマンの姿」を描いたものの可能性があります。』と評価しています。
この土器は11月20日まで縄文時遊館「さんまるミュージアム」内の企画展『縄文の人のかたち』において展示されています。入場無料ですので、是非ご覧下さい。
(青森県教育庁文化財保護課 文化財保護主査 永嶋 豊)