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連載企画

世界の"世界遺産"から

第28回 世界遺産の美味、メキシコ料理で時間旅行。~その1~ 2011年8月4日

フランス料理、メキシコ料理、そして地中海料理が2010年11月にユネスコの世界無形文化遺産に登録されて以降、日本をはじめ各国で伝統食登録に向けた動きが活発になっている。最初に選ばれた3つの料理のうち、わたくしがもっとも愛してやまないのは、実はメキシコ。世界一のグルメ都市・東京にはもちろんメキシコ料理店があるが、なぜか今ひとつメジャーになりきれていないのが残念でならない(同様に大好きなレバノン料理も陰が薄いことを考えると、わたくしの味覚が偏っているのかも)。
メキシコの食卓の要となる穀物は、トウモロコシ。原産はペルーだといわれるが、メキシコでも紀元前5000年頃から栽培が始まっていたとか。すなわち、マヤ、アステカ文明には欠かせない食料だったのだ。街角では今も、マヤ時代とほとんど変わらないというタマレスが売られている。練ったトウモロコシの粉を皮で包み、蒸した一品である。やわらかい餅のようにとろりふわりとして、なかには鶏肉が。かなり幸せにひたれる。古の味を、出勤途中の会社員たちが購入しているのが面白い。粉末をお湯に溶かして飲むアトレもタマレスと同じくらい長い歳月を経ているようだが、こちらもテイクアウトの人が列を成す。どこか懐かしさを覚えるやさしい甘味に、おかゆのような役割を果たしたのではないかと、ほんわりしながら過去に思いを馳せた。
日本でもスナック菓子として定着したのは、揚げたトルティーヤ(代表選手:ドンタコス)。この薄い生地も、トウモロコシの粉で作る。焼いたトルティーヤで肉や野菜を包んで食べるタコスを、ご存知の方は多いだろう。蛇足ながら、三食タコスだけでも生きていられるほどの、わたくしの大好物である。
メキシコが原産のカカオは、ソースにして鶏肉を煮込む。チョコレートから連想すると「?」と思われるかもしれないが、もちろん砂糖は入れず。カカオの苦味とコクのなかにスパイスが効いていて、これまたクセになる旨さなのだ。マヤ時代には、特権階級のみが口にできる栄養食。神事で捧げられたり、通貨代わりにも使われたそうだ……などと、メキシコで美味を満喫すると、自然に歴史物語へとつながっていくのが面白くてならなかった。
食いしん坊の視点で縄文の暮らしを見ると、まずは鯛や平目が世界遺産候補として頭に浮かぶ。当時の栗も、現在とはまた異なる素朴な旨さだったんだろうな。青森県としてなら、ミズ……あ、すいません、ミズは単にここ数日、わたくしが猛烈に食べたくて恋しくてならないものでした。ご近所の八百屋さんでは、売っていないんだもの。メキシコ料理と同じくらい、もっと広まってもいいのではないか……メキシコほか中南米の食に関してはもう少々語りたいものの、思考がミズによって停止してしまったので、続きはまた次回に。

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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