青森県民はひょっとして、未だに狩猟と採集を続けているのではないか……?と。考えることがあるのですが。ひょっとして、親がタケノコ取りやキノコ取りで山に入って、それを子供時代からごく自然にタケノコやキノコの採り方を実施で学習する機会のある民族(青森県および、東北の一般的な家庭)というのは、減少傾向にあるのではないか?と思ったわけです。
昔からの伝統(タケノコ・キノコ取り)を受け継いできた今年61歳になる私の父と母が、休みの日に出かけていく場所は、山であるわけですよ。山で山菜採りなわけですよ。
毎年、タケノコ取りに夢中になって、遭難する人が出る青森県で。遭難者が出ようと出まいと、「山が呼んでるから」という理由でシーズンになると山菜採りに出かけてしまうのが、伝統の青森県民・および東北人なのだと思うのですよ。
確かに、時代も変わって山菜を採る人も少なくなってきているとは思いますが。山菜を採る人が少なくなれば、それはまた好都合なわけで。
地場野菜としての山菜は売れる一方なので。それを収穫して生業とする人たちには都合の良い世の中がやって来るわけです。しかし、八甲田の山菜シーズンにドライブなんかを致しますと、道路の路上駐車は溢れんばかりです。その、どの車も山菜採りがメインなのは一目瞭然であります。(車のトランクが半開きで山菜満載であることから。)
そんな光景を見るにつけ、山菜採りにハマッてしまったら「人はもう後戻りができないんだな。」という恐ろしさまで感じてしまうわけですよ。きっと、熊に襲われても本望ですよ。大好きな山菜が採れたんですもの。
山菜採りは、山の恵みを身近に感じる一番確かな手だと思います。
山があるだけで、人は生きていけるだけの食糧を手にすることができるのですから。
縄文の人たちも、雪の降る青森県で一体どうやって生活の糧を手にしていたのかというと、その骨の成分を調べると、狩りで得られる動物性の獲物よりも、植物性の食べ物を多く食べていたことがわかるのだそうで。縄文人たちは山菜を干して、貯蔵していたのではないかと推測されているみたいです。
山菜を食べていた縄文人。その子孫である青森県の私の家では、庭にコゴミが群生しております。
春になればコゴミの天ぷら、胡麻よごしなど。コゴミは食べたい放題なのです。日陰に行きますと、「ミズ」という山菜も自生しており。ミズは油炒めにしたり、おひたしにして食べると、昆布の味が浸みて、とんでもなく澄んだ味がして美味しいのです。
秋に入ったら今度はきのこの収穫シーズン。毎朝の味噌汁に、山で採ってきたきのこ達が加わります。なんといってもダシが美味しいキノコが、サモダシ(※ナラタケのこと。青森県で最も好まれるキノコの一つ)。サモダシと豆腐の味噌汁が食卓に上がると、本当に秋が来た喜びを感じることができます。
栗や柿、銀杏、ブドウなどは庭先や近所の木になっていて。黙っていても収穫した栗や柿を分けてもらえます。ブドウの木が一本あれば、毎日のデザートには事欠きません。急なお客様が来ても大丈夫。庭から収穫して来れば良いのですから。
柿の木が一本あれば、軽く百個ぐらいはその実を収穫できて、干し柿作りに精を出します。それを考えると、青森県民は未だに採集の生活をしているのではないかと思ってしまうのですよ。きっと青森県民の生活に密着してみれば、採集によって都会の人たちの見たこともないものを食べているのに違いないはずなのです。