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連載企画

世界の"世界遺産"から

第29回 世界遺産の美味、メキシコで時間旅行。~その2~ 2011年9月5日

前回、メキシコでの美味は過去へと思いが飛ぶと記したが、妄想が国内のみの縦軸だけではなく、広く横にも伸びていくのが実は面白い。立役者は、未知の世界を目指して大海へと船出した男たちであり、新大陸の富を求めて勢力を伸ばした欧州の国々であり。

たとえばメキシコ原産のカカオは、クリストファー・コロンブスが1502年の最後の航海の際、中央アメリカの島で発見して持ち帰ったことにより、欧州に知られるようになったのだとか。その後、スペインはアステカ、マヤを征服。とうもろこし、トマト、とうがらし、かぼちゃ、じゃがいもといった数多くの中南米の野菜が、本国へと届けられた。ときには財宝と並んで、高値で取引されたことだろう。後のイギリスが植民地を増やしたのは、自国の食事がまずかったから、というジョークがあるが、さもありなん(イギリスの食への誤解に関しては、また未来に熱く語らせてくださいましな)。当時の食いしん坊たちは、新たに出会った美味に好奇心いっぱいでチャレンジしたに違いあるまい。うんまい「嶽のきみ」があるのも、コロンブスの、スペインのおかげ。逆に大航海時代の到来がずっと遅れていたら、はたまたスペインが隆盛を誇っていなかったらなど、歴史の「if」を考えると、現在の食地図は多少なりとも変ってきそうな気もする。
食を媒介として過去の景色が顕著に見えてくるのは、「麺ロード」とも呼ばれるシルクロードもまた然り。敦煌の市場では一般的な細麺からショートパスタ的なものまで、実に多様な形状の麺が見られる。トマトを使ったりスパイスを効かせたりと、味付けも多彩。西へ東へと旅して、美味を運んだ人たちの姿が目に浮かぶ。
日本国内ではどうだろう? 青森県内だけでも、ともすれば山を越えただけで食生活に違いが見られる。一般的には「東北」とひとくくりにされがちだが、嗜好も食材も個性豊かである。とはいえ、もしかしたらそこに、かつての人々の足取りがわかるような、絶対的な共通項があるのではないか。縄文時代の美味だって、村から村へと伝わったのではないか。わたくしが「東北の2大みじん切り料理」と賞している(僭越ではございますが)、「けの汁」と山形の「だし」(夏野菜を細かく刻み納豆昆布と混ぜたもの)に、なんらかの繋がりはないのか。もっともっと食べ歩き、飲み歩き、昔の食いしん坊たちと心ひとつになれればと、切に願っているのである。

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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