先週、広島で開催中の「オノ・ヨ-コ展」で「クリエイティブ・コモンズ」の試みが行われるという新聞記事を見ました。CCとは昨今の活発なメディアの中で、著作権を守ることに汲々とするよりも、一定の使用条件を承諾したうえでむしろ自由に使ってもらい、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができるというシステムです。。
これはコピーライトでのコモンズ概念ですが、このコモンズとは主にイギリスで農地や牧場のなかにあって個人の所有に属さない共有地の呼び名でもあり、配分されたものという意味ももちます。
私が滞在していた友人の家の前に美しい丘が連なる広大なコモンズがありました。週末になると近隣の人々はその共有地の中心にある一軒のパブをめざしてピクニックに出かけます。パブに着いたら飲み物とチップスを買って、あたりの木陰にブランケットをひろげてお茶の時間にする・・・というのが、いかにもなブリティッシュカントリーライフです。そのパブの庭は広大なコモンズ全域といえます。
公衆トイレひとつにしても、誰の所有でもないとしておざなりにするのでなく、パブリックな共有財産として大切にするというのはかの国のいい習慣でしょう。
三内丸山遺跡は縄文時代のコモンズだったのではないかと私は勝手に思っています。あちこちから人が集まって祭礼や儀式をするための みんなに大切な場所として管理されていたのではないかと。梅棹先生が「掘立建物はビジネスホテル」と述べたと聞いていますが、遠くからも近在からもひととき大勢の人が集まり共有した場所というのなら、三内丸山は「縄文コモンズ」の役割を担っていたと言えましょう。
また遺跡としてもその発見から近隣の人たちに「コモンズ」と捉えられていたふしがあります。お国自慢の遺跡はたくさんありますが、自分が深く関わりあい、手をかけて育てていると感じている人が実に多いのがサンマルの大きな特色のひとつかと思います。それは管理する側の理解が先進的で、市民の憩うパブリックな場所として、柔軟に活発に場所と時間が提供されているからでもありましょう。
先日、オーストラリアでユネスコ委員をしていたという人にNPOの市民団体によって15年余も発行され続けていると三内丸山縄文ファイルを手渡すと、「こういうものがあってこそ世界遺産にふさわしいのだ。パブリックエデュケーションのポテンシャルがある遺跡ということがとても大切なんだよ!」と感激して見入っていました。遺跡が公衆教育に果す可能性がこのような活動に示されているということでしょうか。
ソーシャルメディアなどで「共有」と言う言葉が頻繁に使われるようになりましたが、それが「みんなのもの」だけでなく「自分にとって重要な財産」となるための自由で活発な試みとその共有を許してくれるのが日本の縄文遺跡のいいところではないでしょうか。それはまさにクリエイティブなコモンズです。
地下にある事物に思いを馳せて共有し、また地上にある復元イメージを共有し、同じ場所で現在の私たちが様々な時間を身近に共有し、体験を分かち合うことができる。
現在の三内丸山遺跡もまた、パブリックに開かれた共有のための、時空壮大なコモンズではないかと思います。
Jomon Commons 2011年9月17日
お月見大祭典でコモンズ体験を!
これらのマーク(全6種類)が表示されていることが、CCライセンス下の作品であることを示す目印です。
詳しくは http://creativecommons.jp/licenses/#licenses
More:http://creativecommons.jp/licenses/##ixzz1XQMNNJM3
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